「山崎も来るだろ」
「何で」
「暇じゃねェの」
友人とは同じクラスになって知り合った。別に意気投合した感じではないが、何となくつるんでいる。俺とは違って女子とよく話す。教師受けはあまりよろしくない。猿飛さんと俺を引き合わせて、気まずさに黙りこむ俺たちの様子を見てへらへら笑うようなやつだ。彼女は仏頂面で無口で、凡そいつも戯れに女友達と大きな声をあげているのが信じられなかった。その後一度廊下ですれ違ったことがあって、猿飛さんは例によって取り巻き連中に囲まれて俺は一人だったのだが、視線が絡まって頭を下げた方がいいのかぎこちなく手を振ればいいのか猿飛さんと声をかければいいのか、特に話すこともないくせに、そうしているうちに遂に視線が交わることはなく、彼女は行ってしまった。あれがいけなかったのだとは思うが、他にどうすればよかったとも思えない。あれからお互い知らんぷりを決め込んでいるとは、友人にとてもじゃないが言い難い。
「おう、一番乗りじゃねぇか」
結局何だかんだと押し問答の末に根負けし、しょぼくれた公園で寒さにしゃがみこんでいると、友人がパーカーに半ズボン姿で現れた。日中は暖かいが真夜中の冷え込みはずっと厳しくて、友人がパーカーのポケットに手を突っ込んだまま身震いする。トレーナーにジーンズ、学校用の地味なチェックのマフラーをぐるぐる巻いた俺の姿に、友人は大袈裟なほど眉間に皺を寄せた。
「だからってマフラーはやりすぎだろィ。それにだせえよ」
「貸そうか」
「いんや、いらねェ」
そのまま友人も俺の隣にしゃがみこんで、
「どうせなら流れ星とかさあ、見てェよな」
「願い事でもあんの」
「ねえけど。じゃあ世界平和。あ、その前に彼女ほしい」
「猿飛さんは」
言った途端しまったと思った。友人が怪訝そうに此方を向く。
「何であいつが出てくんだよ。だーからいつまで経っても童貞なんでィ、てめえは」
友人は言いながら立ち上がり、足元の石ころを蹴った。ころころと転がったその先を見つめている。伏せた瞳の奥が、まるで真夜中のイルミネーションみたいに光って、こんな顔もするらしい。なんだか見ていられない、恥ずかしいと思った。俺にはとても縁遠い感情を、このお調子者の友人は、しかしずっと密かに抱えていた。
「…あのさ、猿飛さんのことだけど」
友人に倣い立ち上がろうとした矢先、軽くコンクリートをかける音がして、ふと見上げればその猿飛さんが走って来る。やはり面白いくらい仏頂面のそれは明らかに俺を意識していて、堅く結ばれた小さな唇には似合わずに、ポニーテールにした薄紫の後ろ髪がひょこひょこと跳ねた。少しだけ目が合ったけど瞬く間に逸らされる。駆け寄って、軽く手をあげるのが男っぽい。だけどとても彼女らしい。
「あーあ、てめえ何してんだほんと、馬鹿だ馬鹿だとは思っちゃいたがこりゃ重症でさァ。そうやっていつも風邪引いて鼻ぐじゅぐじゅいわせるんでィ」
「平気よ、うるさいわね」
彼女はパイル地のパーカーを羽織っただけ、パーカーとセットらしい同じ生地のルームパンツからはにょきにょきと太ももが突き出ていて、きわめつけにビーチサンダルを履いていた。公園の外灯はちかちかと頼りなく、それでも彼女のふたつの太ももを青白く浮き上がらせて、どきっとした自分に嫌気がさす。友人が寄って、自分のパーカーを羽織らせるのを、俺は黙って見ていた。彼女はされるがままに袖に腕を通し、フードがごろごろするだの、足の指の間に砂が入って気持ち悪いだの、特に礼を言うわけでもない。
「うわ、何だこれ、指つめてっ。ほーら見ろ。なあ山崎、この馬鹿女にマフラー貸してやってくんねェ?」
友人が首だけ振り返る。俺はようやく立ち上がって、しかし喉がかさついて唾を飲み込んで、気付けば彼女が俺を見ていた。友人の後ろから、何にも言い出さない俺に痺れを切らしてしまいそうな、そんな表情だと自惚れるくらいには真っ直ぐな視線が一瞬にして俺を射抜いて、あの時も彼女は俺を見ていたのかもしれない、そう思った。騒がしい渡り廊下で、きっとあの時、俺と彼女はふたりきりだった。そしてこれから先二度とふたりきりになることはないとも、思った。おい、山崎、友人が今度は焦れったそうに俺の名前を呼んでいる。