叱ってくれない人
沖田が教室の窓硝子、割ったらしい。当分の間停学だって。モップの柄でバリーン。

「そうなの」

私は日誌を書くのをやめなかった。蝉が鳴くには肌寒く、後ろ髪を下ろしたままでいるのは少し暑苦しい。校庭で野球部が何かそれらしい声を出している。バットがボールを打つ小気味良い音がする。モップよりもバットの方が、窓だって上手く割れただろうに。彼が私の顔を覗き込もうとして上目遣いに私を見上げて、自分の伸びすぎた前髪を手の甲で払った。

「そっけない返事」
「あなたこそ。いつにもまして淡々としてるように見えるけど」
「猿飛さんがどんな顔するかと思って、様子窺ってみた」

彼が椅子を揺らして瞬きする。抑揚の少ない声色に、あどけなくも優しくも無情にも取れる視線、影に窪んだ視線が、私の文字を追っている。椅子の脚がカツン、カツン、私の机に当たるたびに、歪なひらがなが消し屑を作っていく。

「多分、色々考えたんじゃない、あれなりに」
「よく夜の学校なんかに入れたもんだよ」
「考えなくてもいいようなことをこねくりまわして、窓でも割ってやりてえ、とか」

カツン。ひゅっと息を殺して無意識に握り締めた三色ボールペンを、彼は目もくれずに、しかし止める隙などまるで与えないまま、私の手のひらから奪い去った。そのまま立ち上がって私に背を向ける。学生鞄を持つ。椅子を引く。教室の扉に向かって歩き出す。大きく足を前に進めて、らしくもない。

「ちょっと、ねえ」

そうだ、彼はいつだって突然だ。どうでもいいことばかりべらべらと。妙に渦巻いたつむじの下で何を考えているのかなど見当すらつかないし、それこそ、今、私の真横で容赦なく窓硝子を叩き割ったって、何もおかしくない。そんなそぶりすら見せて。喉が乾く。

「ボールペン、返して」
「猿飛さん」
「何」
「抜け駆けしていいかな」
「え、何?」
「あいつが悪いと思うからさ、俺、この隙に抜け駆けしても、別に悪くないかなって」
「私が言ってるのは」
「三人じゃなきゃいけない決まりなんてないとも、俺は思う」

違う。それだけは違う。口の中がからからで干からびてしまいそうな私を、彼は冷ややかに見下ろしている。違う。だって本当なら、私たちはボールペンなんか蹴っ飛ばして、日誌なんか放り投げて、昨晩誰もいない教室で一人窓硝子に泣きついた、十八歳の不器用な男の子の元へ飛んでいって、それから馬鹿じゃないのって言ってあげなくちゃならないのだ。大人たちに散々言われたであろう言葉を、今度は腹を抱えて笑いこけながら、そう言ってあげなくちゃならない。三人じゃなきゃいけない。二人になんてなったこと、ない。そう、一気に捲し立てることすらできないまま。


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