私は防水仕様です、どうぞご心配なく。彼女は言い淀むことなくそう宣って、彼女のためにと傾けられた傘を無遠慮に押し返した。六月も初めの細雨はなお肌寒く坂田の二の腕をぶるりと震わせたし、寒暖の差に耐えきれず、彼は子どものように小さく鼻をすすったものだった。彼女は至極真面目くさった顔で雨に打たれている。それを許容している。白い前掛けが瞬く間に濃く色を変え、冷えた雫は袖を伝って止めどなく滴り落ちてゆく。坂田はやはり傘を傾けずにはいられない。
「銀時様」
今度は言い聞かせるような口調で、たまは傘の柄に手を添えた。
「肩が濡れてしまいます。それでは私が困ります」
彼女は機械じかけの思いをそのまま声にした。声にして、それから頭を下げた。何の見返りもなくして無償に与えられる優しさが、彼女を怯ませた。その優しさに応える術を彼女は知らなかった。彼女は、自身が坂田に与えることのできるものを持ち合わせないと考えている。そしてその思いを、彼女の思考の行く末を、坂田は知っている。案じているのでもない、考えあぐねているのでもない。間違いなく彼女の頭の中で複雑に行き来する何かを知っていた。坂田は彼女のことならば何だってわかっている。もう何年も前から。
「お前が濡れたら俺が困んだよ」
坂田は仏頂面のままそう言った。今度は傘を差し出すのではなく、彼女の手をくいっと引いて。