夏至
慈しんでいる。朝も昼も、そうして短い夜の間も。金時には彼女に触れるための血の通った腕や、彼女を見つめるための眼(まなこ)がなかった。最初から、もうずっとだ。それは金メッキに塗りたくられた鉄の塊であり、ラムネ瓶の中で音を立てる二つの青いビー玉だった。彼は時折耳をすませて、階下の音を聞いている。陽の早い朝、コツコツと下駄を鳴らして水回りに立ち手際良く仕込みを終え、街の人々が額に汗を滲ませる中、微塵も浮き出ることのない脂汗を拭うそぶりなども愛くるしく、彼女は誰に課されることもない仕事をてきぱきとこなしている。まだ日も暮れぬ頃合い、雨風に晒され少し色の落ちた暖簾を掲げるために、彼女は通りへ出る。引き戸を開ける音がよく聞こえる。そして短い夜が来て、長い朝がやって来る。彼女が暖簾を下げる、彼女が二階に続く階段をのぼり、おもむろに、そして足音は静かに止む。二階の扉が開けられることはない。かつて彼と似た顔をした男がへべれけにその戸を開け、かつて黒髪の好青年が朗らかにその戸をくぐり、かつて少女が声高らかに番傘を放り出した、その引き戸を。まるで人間だ、と彼は思う。階下で一人暮らす彼女はすべてを知っている。始まりも終わりも、そして彼の始まりも。彼へ向けられた慈しみを、彼は優しく否してやまない。終わりなど、知らせはしない。
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