明日へ続く道

 永泉が遅れていることに気付いて、泰明は振り返った。
 やはりこの山道は辛かったのだろう。
 山寺へ向かう、とめどなさそうに見える階段を登っている。階段とはいえあまり整備は行き届いていない。一歩一歩確認しながら歩かなければ踏み外してしまいそうだ。

 永泉は弱音を吐かなかったので気付くのが遅れた。
 自分が我慢すれば済むことには、不平や不快を口にしないこの男は泰明には理解しがたかったが、半年も共にいるうちに、何とはなしにわかるようになっていた。
 体から宝玉が消えて月日が経ったが、いまだに二人とも時折こうして会った。京に残るほかの八葉ともそれぞれ親交がある。

 永泉が肩で息をしているのを確認してすぐに目を離す。泰明は再び前を見据えて歩き出した。
 しかし今度はゆっくりとである。
 先ほどは平地を歩くように歩いてしまっていた。
同行者に合わせねばなるまい。自分は人とは違うのだから、と泰明は考える。

 泰明が歩みをゆるめたのを永泉はすぐに気付いた。先ほどまで離れていた背中が、一歩二歩と進むたびにわずかずつではあるが近づいてきている。
 永泉は立ち止まった。
 足音が止んだので泰明も止まり振り返る。
 永泉は下を向いて唇を噛み、すぐに顔を上げた。眉を寄せ、いたたまれないという表情をしている。
それを見止めても、ただ冷静な眼差しでそれを見やっただけだった。

「申し訳ございません」

 永泉の大きな瞳は若干潤んでいた。

「私が至らないばかりに、泰明殿にお気を遣わせてしまって」

 泰明の瞳は永泉を見つめ返すだけで、永泉はそれを見ていられず目をそらした。
 明るい目の色は永泉を責めているのではないことはわかっている。彼は他人と比べて無遠慮に見つめてくる。それが、情報を逃すまいとする彼の探究心から来る無意識の癖なのだ。

「なぜ、謝るのだ」

 まるで人形のように整った顔の唇が開かれる。永泉は少し萎縮したが、すぐに気を取り直す。
 出逢ってしばらくは表情を崩さない泰明におびえて口をつぐむことが多かったが、今はその頃のようには思わなくなった。

「私の体力がないばかりに、泰明殿について行けずご迷惑をおかけしたでしょうから」

「気にすることはない。この斜面では人は苦しかろう」

 私は人ではないから疲れを感じない、と泰明は続けようとしたがやめた。
 この話をすると、親しい者たちは顔をしかめる。同情されたり哀れまれたりすることではないと思うのだが、そういう表情をさせたいわけではない。ただ真実を述べようとしているのだが、口にするのはやめたほうがいいと、ずいぶん前に学習した。

 泰明が淡々と告げても、永泉はまだ納得のいかない顔をしていた。
 自虐の念の強い男だと泰明は不思議に思うが、顔には出さない。

「お前と同じ速さで歩くのは悪くない。ほら」

 泰明が手を伸ばして右手を指す。永泉もその先を見た。

「このように寒いのにもう梅が開いていることに気付いた」

 白い小さな花がいくつか、枝についている。まるで枯れたような冬の森の中で咲いて見せている。

「本当に」

 永泉はそれを見てほっと息をついた。泰明が気を回して言ってくれたのだろうということはわかったが、こういう気遣い方はされたことがなく感心していた。

 永泉に笑みが戻ったのを確認して泰明も胸を撫で下ろす。永泉の機嫌をとっているわけではない。ただ、明るい表情でいてほしいと願ったからだ。
 泰明は自分の考えに気付いて、人のような感情に驚いたが、悪くはないと思った。
 暖かいこの感情を大事にしていいと昨年の夏に教わったのだった。





20100224



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