罠
仕事で行く店とは違いリーズナブルなダイニングバー。
淳平と桃太は仕事終わりに連れだってやってきた。広いホールのようになっていて、客は多く盛況で皆盛り上がっている。
壁際の隅の席に向かい合って座る。
「何飲む? 淳」
見た目は少年のように可愛らしいが成人している桃太はアルコールのメニューを広げる。
「赤にしますか」
淳平もそれを覗き込む。
「じゃあボトルにしよっか。お得だし」
桃太は手を上げて店員を呼び、メニューを指さして伝える。
銘柄を選ぶほど種類はない。
普段飲むものは安価の方が、桃太も淳平も望ましいと思っている。仕事柄、それなりに高価なものの味も知っているが。
グラスを二つと伝えると、店員の女性は戸惑って桃太をじろじろと見た。
「あ、ゴメンゴメン」
桃太は免許証を示した。店員は慌てて頭を下げたが、子供に間違われるのはいつものことなのでまったく気にしてはいない。
執事としての仕事の時とは違い、桃太は適当にグラスに赤ワインを注ぐ。話しながらグラスを傾けて行く。
話すのは好きだ。仕事中も暇があれば二人はずっと喋っている。お互い気があうと思う。
空になったグラスに、淳平は仕事の時と似た仕草で丁寧に注いだ。
ハーフのボトルが空になったころ、桃太が声を上げた。
「淳って赤くなるよねー」
かわいい、と桃太が笑う。いつも以上に明るくけらけらと楽しそうに笑っている。
からかわれたと淳平は思った。こう見えても、桃太の方がひとつ年上なのだ。
「桃太は顔色が変わりませんよね」
淳平はグラスをテーブルに置くと、体を背もたれに預けて息をついた。熱い、というようにシャツの襟を緩める。
離れたところから黄色い声が上がった。先ほどから女性の店員が離れたところから二人をこっそりと見ていたのに、二人とも気付いていた。
その女性たちが淳平の仕草に顔を赤くし、声を上げたのだ。
「少し赤くなったくらいがかわいげがあると思いますけどね」
自分の目元が赤く染まっていて、見せつけるように息をつけば、世の女性たちが興奮するのを知っていて反応を楽しんでいるのだ。
桃太は顔には出さずに気に食わないと思って、ふうんと相槌を打つ。
「そんな風に、誰も彼も誘惑するものじゃないよ」
桃太は声を低めてそう言うと、淳平を見つめた。強い色の瞳。口の端だけを持ち上げる。
「悪い奴につかまっちゃうよ」
舌なめずりをして見せた。
いつもと違う声のトーン、仕草に、ぞくりと背筋に何かを感じて、淳平は顔を強張らせた。
一瞬、空気が止まったような気がして、しかしすぐに周りの喧騒に包まれた。
「あ、ワインなくなっちゃたねー。頼む?」
空のボトルを持ち上げて見せる桃太はいつもの子供じみた顔だった。少しほっとしつつも、この安堵を悟られたくなくて淳平は表情を緩めて口を開く。
「貴方が付き合ってくれるなら」
「そう来なくっちゃね」
桃太にはかなわないと思う。
もう一度乾杯をして、グラスを煽った。
20120414
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