優しさは時に残酷で

 ルノーはラウンジで待ち合わせをしていた。隅のソファに一人座っていたが、気付くと人気がなくなってキーファーと二人きりだった。

 キーファーが苦手だ。得意とする人は少ないと思うが。二人きりだと気付くとなんだかどぎまぎしてきた。

 更にキーファーがこちらに気付いて、近付いてきたものだから怯えて縮こまってしまう。
 そんなルノーをキーファーは笑顔で見る。いつもの通り嘲る意味合いが込められたものだ。

「ユージィンと待ち合わせですか?」

 座ったまま動けないルノーを見下ろしてキーファーは口を開いた。

「う、うん…。今日も勉強を教えてくれるって…」

 いつも以上に重くなる唇を動かして答える。

 仲間に苦手意識を持つことはよくないことだとわかっているから、気丈に振る舞っているつもりだがうまくいかない。
 そんなルノーの感情を大きな瞳が語り、キーファーは更に笑みを濃くした。

「いいことを教えてあげましょう」

 一番苦手な表情だとルノーは思った。

「貴方の前に来たショナ、カインが連れてきた彼があまりにも優秀だったので、レヴィアス様はお褒めになった。それを妬んだのですよ。自分にもレヴィアス様のお役に立つ子供を見出すことができると思った。ユージィンは自分の株を上げるためだけに、何も知らないお前を攫ったのです」

 緊張してルノーはごくりと唾を飲み込んだ。

「ルノー!」

 待ち焦がれた声が聞こえて、ルノーはそちらを見た。慌ててユージィンが駆けてくる。

「彼に何を吹き込んでいるんですか」

 立ち上がったルノーの肩に手をやり、胸にかばいながらキーファーを見る。怒りのこもった低い声で言うが、キーファーは半歩下がって大げさにため息をついて見せただけだった。笑った顔のまま。

「おやおや、怖い顔ですね。図星と見える」

 再びキーファーに言い募ろうとしたユージィンの袖をルノーが引いた。腕の中で怖がっているルノーが見上げている。

 もう一度キーファーを睨み付けてから、ユージィンはルノーの肩を抱いてラウンジを後にした。



 魔導の研究所などをユージィンに教わる時間をルノーはいつも楽しみにしていた。
 しかし今日は落ち着かない。図書館には二人きりで、勉強はそれなりに捗ったのだが、いつもよりよそよそしい。
 二人ともが雑談も笑顔も少なかった。

「ルノー、そろそろ騎士団の調練の時間では?」
「あっ」

 次の予定がある。本を閉じて立ち上がった。

「ありがとう、ユージィン」

 部屋を出ようと背を向けたルノーにユージィンは何か言いたそうにするができない。
 その代わりにルノーが振り返った。はっと息をのむ。
 ルノーは足早に駆けてきて、座ったままのユージィンの背中に手を回して抱きついた。

「…ルノー」
「ぼ、僕は嬉しかったよ」

 キーファーが言ったことは真実だったのだろう。ユージィンが気まずい顔をしていたから。けれどルノーは気にしていなかった。

「理由はどうでも、ユージィンが兄様に会わせてくれたことは事実だから」

 ぎゅっとしがみつくルノーの背に恐る恐る手を回す。気付いてルノーは嬉しそうに、ふふっと笑った。

「ユージィンに会えたこともとても幸福だと思ってる」

 きっかけがどうであれ、ユージィンが自分を大切に思ってくれていることは、疑いようのない真実。

 そして自分も、ユージィンを心から慕っている。

「僕を選んでくれてありがとう」

 ユージィンは目元が熱くなる気がして、目を閉じた。





20120131

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