ハロウィン!
朝の用事をこなしてから、事務室へと向かった。
手には一人分の紅茶の準備を済ませたお盆。
事務室では窓際に置かれた執務机で、要が電卓を片手に帳簿とにらめっこしている。
4人の執事の中で、書類の整理を行っているのは要が主だ。
特に淳平はそういうことが苦手で、自分でやろうとも思っていない。
嫌いな人間がやるよりは得意な人間がやった方がいい。適材適所だと、淳平は思っている。前にそんなことを言ったら、要に努力が足りないと怒られたが。
とにかく、淳平は事務作業については要に任せきりなので、差し入れくらいする。
小さくノックをして、特に返事がないことは知っているのでそのまま入る。空いているサイドテーブルで、ポットからカップに紅茶を注ぐと、それを要の机に置いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
淳平が気遣ってくれるのはいつものことだが、要は顔を上げて言葉にして礼を述べた。どういたしまして、という風に微笑みだけを返す。
部屋を出ようとした淳平が、何気なくカレンダーに目をやった。
今日は10月31日。
「あれ、今日は…」
「ああ、そうだな」
要は低い声で答えた。
眉間の皺は、数字を相手にしているからだけではない。
淳平が同情気味に笑ったところに、ばたばたと足音が聞こえてきた。廊下を走ってきたそれは、その勢いのままドアを開けた。
「要ー!」
部屋に入ってきたのは桃太だ。いつもの服の上に黒いマントを羽織り、頭は大きなカボチャを模した被りものをしている。
「トリック・オア・トリート!!」
持ってきた空のカゴを要に向かって差し出す。
「ほら」
要はあらかじめ準備しておいたものを出した。丁寧にラッピングされたそれは、馴染みの洋菓子店の包み紙だ。
「ありがとー」
桃太と目を合わせたくないのでそっぽを向いたまま出されるが、受け取った桃太は満足げだ。
「淳! トリック・オア・トリート!」
次は壁際にいた淳平に向かってカゴを差し出す。
「後であげますよ」
「わーい!」
桃太はうきうきとした足取りで部屋を出て行った。
騒々しい桃太がいなくなって、要はがっくりと肩を落として深いため息をついた。
「カボチャ死ね」
淳平はそれを見て乾いた笑いを浮かべた。
要は見るのも嫌なほど、カボチャが心底嫌いなのだ。
昼時になった。平日の昼は屋敷に残っている要、淳平、桃太の3人で済ませることが多い。
カオルは毎日学校に行くことになったし、マダムも会社に出勤している。3人も用があればそれぞれ出かけることはあるが、屋敷にいる場合はともに食事をするのが通常だった。
要が事務作業と、大学のレポートを済ませてダイニングに来た。ちょうど淳平もテーブルについていて、今から食事が運ばれてくるところだった。
要も椅子を引いて腰掛けると、キッチンからワゴンを押して桃太が現れた。
「はーい、お昼ですよー」
いつもどおり機嫌のいい桃太はワゴンから、要の前に皿を並べる。
「今日のメニューは、カボチャのポタージュ、カボチャのサラダ、カボチャのソテー、カボチャの煮っ転がし、カボチャの…」
テーブルに並べられていくオレンジ色の物体に、要は目が点になっていたが、バンッとテーブルを叩いて立ち上がる。
「桃太!」
「アハハッ」
今にも殴りかかりそうな雰囲気だと言うのに、桃太はまったく気にしていない。
「今日はいらない!」
踵を返した要の前に淳平。手には銀色のカバーが乗せられたお盆がある。
「ではデザートにしますか? 私が作ったんですよ」
蓋をあけるとまたオレンジ色の物体だった。
「カボチャプリンです」
にっこりと微笑む淳平に、要はぶちっと何かが切れた。
「淳平!! 桃太!!」
「っていうことがあったんですよ」
夕方。こころとカオルが帰宅し、淳平は二人にカボチャプリンを振る舞った。
「まったく要ってば、沸点低いよね」
ちょうど要は席をはずしている。淳平はこころに紅茶を入れながら悪びれずににこにこしている。
桃太も自分のしたことは棚に上げてぷうっと口を尖らせていた。
二人とも要がカボチャを苦手としていることはよく知っている。だからこその昼の騒ぎだったのだ。
「はあ」
こころは適当に相槌を打つ。
それは二人が要をからかって遊んでいるからじゃないかと思ったが、いつものことなので指摘しないことにした。
20120201
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