バレンタインデーの前に

 デパートの催事場は年頃の女性たちで埋め尽くされていた。
 最初は4人で歩いていたと思ったのに、気付くと女性二人はいなくなっていた。

 仕方なく二人は売り場を離れて、人気のない壁の前に立つ。

「なんでアンタが一緒なんだよ」

 エミリオはぐったりとしゃがみこんだ。

「あれ? 君は彼女と二人きりだと思ってたの?」

 ジャン=マリーは、壁に背を預けて立った。
 微笑ましげに女性たちを見ている。



 彼女たちが見ているのは、バレンタインデーに贈るチョコレートだ。
 一緒に来ていた二人、ゆいとシンシアも、女性たちの中に入り込み見失ってしまった。きっと今は楽しく品物を選んでいることだろう。

 バレンタインデーを目前とした休日、ゆいに誘われたエミリオは、まさか、あと二人も同行者がいるなんて考えもしなかった。

「二人で買い物がしたかったんだよ、きっと。他の女性たちをごらんよ。彼女たちは友達とああしてチョコレートを選ぶのが楽しいんだ」

 エミリオは携帯電話を取りだした。ストラップが音を立てる。
 もし彼女たちから連絡が来ても、これですぐに駆け付けられる。

「だけど、女の子二人で出掛けるなんて言ったら、リヒャルトとかが心配してついてくるだろう。彼はきっと二人から離れないよ」

 リヒャルトのゆいに対する忠誠というか執着は、エミリオにも簡単に想像がついた。

「ちょっと待て」

 エミリオはふと気付いて立ち上がる。

「それって、チョコがもらえる本命はオレたちじゃないってことか?」

 真面目な顔で言うエミリオ。ジャン=マリーはそれをちらっと見てから、再び売り場に目をやる。

「さあね。かなしい?」

 図星、というほどゆいに惚れているはずはないが、なんとなくもやもやする。

「んなわけねーだろ。ファンの子からいっぱい届いてるんだぜ」

 エミリオの言葉は強がりにしか聞こえない。

「はい」

 目の前にきらびやかな小さな紙袋が差し出される。エミリオは、紙袋を見つめてから、それを持つジャン=マリーの顔を見た。
 彼はいつも通り、穏やかに微笑んでいる。目を眇める。

「なんだよ」
「『友チョコ』って言うんだって。友達とお互いに贈り合うそうだよ」

 エミリオは弄っていた携帯電話をジーンズのポケットに突っ込むと、両手で袋を受け取った。
 女の子って不思議だよね、なんてジャン=マリーは言う。

 受け取った袋をしげしげと眺めると、見覚えのあるパッケージ。先ほど4人で歩いていたときに見た店だ。いつの間に買ったのだろうと、エミリオは首をひねる。

「…オレはアンタが女子に交じってチョコを買ってたってだけで不思議だっつの」

 エミリオはコートのポケットを探る。手に当たったものを取り出し、手のひらに乗せてジャン=マリーの鼻先に突き出した。
 ジャン=マリーは目を丸くする。

「何?」
「贈り合うんだろ。オレ、チョコこれしか持ってねーもん」

 アンタと違って女子と一緒にチョコを買うなんて無理、と言わずとも顔に書いてある。女性の気迫に負けたようだ。

「ありがとう」

 笑って受け取る。

 指先でつまめるほどの銀紙に包まれた小さなチョコレート。包み紙には「Bacio」と書かれている。

「これって、よく君が女の子に配っているよね」

 言葉の意味はもちろんジャン=マリーにもわかる。それをエミリオが意図して女性に配るということも。

「ちょっ! それはナシだ! 返せ」

 エミリオが慌ててチョコレートを取り返そうとするが、ジャン=マリーの方がずいぶんと背が高い。その分、腕も長い。
 エミリオの制止しようとする手をひょいと容易く避けて、チョコレートの包みを剥いて口に入れた。

「あっ!」
「おいしい」

 エミリオは唖然とした後、ぷいっとそっぽを向いた。

「…なかったことにする」

 ジャン=マリーはくすくすと声に出して笑う。
 気にしなければ言葉の意味なんてなんでもないだろうに。そういうエミリオはかわいいと思う。

「いいか? 今のチョコはなんでもねーからな。ホワイトデーに返してやるから期待してろ!」

 エミリオが顔を引きつらせつつ宣言したところで、女性二人が戻ってきた。
 ゆいもシンシアも両手に紙袋を提げている。

「たくさん買ったんだね」
「これは私とシンシアで食べる分だからいいんです」
「ふふ、こういうとき女の子はうらやましいな」

 エミリオはそのチョコレートがとりあえず男にあげるものではないと知ってほっとする。

「ジャン=マリーと楽しそうだったわね」
「楽しくねーよ」

 シンシアが耳打ちするとエミリオが投げやりに答えた。





20110205

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