ひとりじめしたい
なぜ頭を触られたのかわからなかった。
屋敷の中ですれ違った時、ニクスが何かに気付いて振り返り、後ろ頭にそっと触れたのだ。
何だと、レインが聞く前にニクスが口を開いた。
「寝癖ですよ」
「えっ」
にっこりと笑ったニクスはふわふわとレインの髪を撫でる。
「直してあげましょう」
キッチンに移動し、湯を沸かす。それでタオルを湿らせると、レインの髪を押さえた。温かい蒸気と、ニクスの指を感じる。慈しむように丁寧に触れる指。
二人きりのキッチン。それだけでレインは満足していた。ニクスを一人占めしている気がして。
「レインくんの髪はまっすぐで羨ましいです」
できました、とニクスがぽんぽんと肩を叩く。
「だから寝癖になりやすいんだけどな」
言いながら振り返ると、ニクスはそれには答えず笑った。
出かけていたアンジェリークたちが帰ってきた。留守番だったニクスとレインは皆を迎える。
「アンジェリーク、髪に木の葉が付いていますよ」
「え、どこですか?」
アンジェリークは顔を赤くして、髪に手をやるがいまいち目的の物にたどり着けない。
「すみません、取っていただけませんか?」
「ええ、では失礼して」
ニクスは彼女の頭頂部に手をやって簡単に葉をつまんだ。
彼女はその木の葉を見て、少し恥ずかしそうに笑う。
遠目にそれを見ていたレインは、何となくわだかまりを感じた。
髪に触れられて、かなり親しくなった気がしたのに。
朝は自分だけに向けてくれていると思った深い親愛が、自分だけのものではないなんて。
そもそも彼は皆に優しい。勘違いをしたのは自分だ。
そう思おうとしても、気分は晴れなかった。
夕食を終えて自室に引き上げようとした時、ニクスを見かけてレインはたまらず声をかけた。
「髪のリボン、ほどけてる」
むすっとした表情で言うレインに、ニクスは不思議そうに目を開いた。
「直してやる」
「…ええ、お願いします」
レインの行動を少しいぶかしんだが、ニクスは何も言わず彼の示すまま彼の部屋に入った。
レインの部屋のソファに腰掛けて、彼が髪を触るのに任せる。
「人に触られるのはなんだか緊張しますね」
思わずニクスを自分の部屋に誘ったが、髪を結んだことなどない。後ろに立って恐る恐るブラシを通すレインの手つきに、ニクスはくすくすと笑った。
「私の髪を触って楽しいですか?」
見透かされている、とレインは顔をぱっと赤くした。
「気付いてたのか?」
さっきのが言い訳だって。レインは口ごもる。冷や汗も感じる。
「まあ、薄々…」
「…そうだよ。あんたに触ってみたかっただけ」
レインは口を尖らせる。髪から手を離して、ニクスの肩を抱くように手を回した。
「なんだか、告白されているみたいですね」
ニクスは少しも嫌がらずにレインの行動を受け入れ、その腕を撫でた。
レインは照れているのか、何も言わなくなった。
ニクスは口にするか悩んでいた。今朝、指摘したレインの寝癖なんて、どこにもなかったんだということを。
20110215
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