ただいま、おかえり
レインが屋敷を出ようと廊下を歩いていると、庭の片隅に座り込むニクスの背中が見えた。
広い庭のひと区画だけ、自分で世話をしている花壇があるようだ。さすがに他の部分は庭師に任せていると言っていたが。
屋敷から出て、彼の近くに行くと振り返った。
「ちょっと出てくる」
先ほど昼食を取った時にも言っておいたが、レインはリースの町で知人と会う約束があった。
「夕食はいらないから」
「はい」
そもそも常に笑みを浮かべているニクスではあるが、花壇を見ているといつもに増して柔和な表情に見える。
花壇、とはいえそこに花はない。萎れた草が並んでいる。レインには花の種類はわからないから、ただ単に植え替えの時期なのだろうと思っただけだ。
「そういうのを、ちゃんと言われるとなんだか人と暮らしている実感が湧きますね」
手を払って立ち上がる。手のひらは真っ黒に土で汚れていた。
レインも急いでいるわけではない。ニクスの言葉に、疑問符を頭に浮かべて見つめる。
「一人だったら、夕食の時間なんて気にしないでしょう? でも、あなたが来てから二人で食事を取ることが普通になって…。私があなたを待たないように、私を気遣ってそうやって声をかけてくれている。本当に、嬉しいことです」
かあっと頬が熱くなる。ニクスはときどき、レインを気恥しい気持ちにさせることを平気で言う。
「あ、あんたよっぽど友達いなかったんだな」
「ええ、そうですよ」
ニクスがどんなに孤独の時間を過ごしたか、レインにはわからない。
しかし、レインが想像する以上に、その体に宿る呪いのせいでいくつもの別れをやり過ごし、結局孤独を味わい続けてきた。
ニクスにとっては、同居人のいる今という時間はとても愛しいものだった。
「私の友人は、今は、レイン君だけです」
さらにレインは赤くなって、顔を抑えてそむけた。
ニクスはそんなレインを見ても楽しそうに微笑むだけだ。
「と、とにかく夕食、作らなくていいから」
「ええ、自分の分だけ作りますね」
「いや、」
レインは片足を引いて体の向きもそむける。あまり動揺していると、からかわれてしまいそうだ。
不思議そうにニクスが見たのを気付いたのか、言葉を続ける。
「ディナーには間に合うように帰る。うまいもの、買ってくるから」
ニクスは目を見張って、すぐに再び細めた。
さらにレインは恥ずかしくなって、踵を返し門に向って歩き始める。
「行ってくる!」
「行ってらっしゃい。気をつけて」
その背中に、ニクスは笑いかけた。
20100830
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