料理上手は愛情上手

 ヒノエが手土産に神子に献上したのは、大きな桃だった。
 梅雨明けのうだるような暑さである。それを十分に流水で冷やしてから、譲は丁寧に切り分けて皿に盛った。
 望美は靴と靴下を脱いで、庭の見える濡縁の日陰に座り込んでいる。

「んー! おいしい」

 望美は満面の笑みを浮かべて桃を一切れ頬張る。満足そうに譲はそれを眺めて、ヒノエと、近くにいた弁慶にもそれを勧めた。
 開口部の大きい邸宅はいくら風が通るとはいえ、夏の暑さに閉口していた望美はその瑞々しさに喜んでひょいとつまみあげては再び口に含む。
 たっぷりとその季節の果実を堪能した後で望美は首を傾げた。

「おいしい、けど…よくよく味わうとあんまり甘くないね」

 譲もようやく桃を食べながら答える。

「俺たちのいた世界のものは甘さを追求してずいぶんと品種改良されているでしょうからね」
「そういうものなの?」

 甘味を増やすためにはいろいろと研究があったらしいと、譲も詳しいわけではないから簡単に答える。

「オレンジとか、マンゴーとか食べたいね」
「それはさすがに無理ですね」

 いくつか飛び出す、耳慣れない言葉にヒノエも弁慶も興味深げに二人の会話を聞いている。

「ショートケーキとか!」
「…生クリームを作ることができればできそうですけど。牛乳でできるのかな。ここにインターネットがあればすぐに調べられそうですね」

 無理だよ、と今度は望美が笑う。譲も笑った。
 ヒノエは二人のやりとりをしばらく黙って見ていたが、口を開く。

「姫君は我儘放題だね」

 からかうように言うと譲がそれに答えた。

「こう言っては失礼かもしれないけど、先輩がいろいろ頼ってくれるのは兄になったみたいで昔から好きなんだ」

 一息置いて、隣に座る望美を見る。望美も譲を見ていた。

「それに、女性の我儘を叶えるのが男の務めですから」

 譲はやけに真剣に言ったが、それによってあたりが静かになったことには気づかなかった。
 ヒノエが目を丸くし、時折くすくすと笑っていた弁慶もそれを止め、望美はばっと顔色を赤くした。

「…」

 皆が沈黙したことに譲は気づいて首をひねる。なぜ空気が一変してしまったのかわかっていなかった。
 肝の据わっている望美が思わず譲から視線をはずす。

「あー、それ…望美以外に言わないほうがいいよ」

 ヒノエがぼそりと告げる。

「君は少し、ヒノエと友達を止めたほうがいいかもしれませんね」

 弁慶もため息とともにそう呟いた。

「俺、何か変なこと言いました?」

 譲は自分が恥ずかしいセリフを呟いたことに未だに気づかず、望美に尋ねるが、望美は真っ赤になって俯くばかりだった。

「目の前でそのセリフは反則だよ…」




20100628


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