Resting place hiding in the hustle
and bustle of the city


都心からは少し離れた、けれども繁華街の灯りが微かに届くその場所に降谷 零が辿り着いたのは偶然だった。時刻は深夜一時四十三分。
街灯の灯りを頼りにざっと眺めだな限り一見よくあるバーかなにかかと思ったが、じっと見つめてみればこじんまりとした佇まいの外装には無駄がなく、良い色をした木の扉は老舗の喫茶店のような気品すら漂わせている。
まるで白熱灯に誘われる蛾のように、気付けば扉を押し開けていた。

「こんばんはー」

耳に優しく響いたアルト。店内の眩しくも温かな光に降谷は瞼をそっと細めて佇む。その視線の先、カウンターの向こう側で「今日は冷えるから、はやく入ったらどうですかー?」と、手招きしながら女がふっくらと笑った。害のなさそうな甘い笑みだった。

歳は自分とさして変わらないだろう。どこか少女のようなあどけなさの残る顔立ちに、降谷は下手をすれば歳下かもしれないとさえ思う。背は高くもなく、低くもない百五十センチ半ば過ぎ。カウンターから見えている上半身の肉付きからして多少細身ではあるが決して不健康には感じられない程度。
髪は明るめの茶色で、後ろでひとまとめに結ばれているが毛先がふんわりと揺れるように四方を向いていることからパーマを当てているのだろう。
バランスよく配置された瞳はパッチリとした二重まぶたで、乗せられたアイシャドウは薄い。その少し上には左右で綺麗に整えられた眉が前髪の奥に薄っすらと見えた。唇は温かい桃色をしていてるが、人工的なものではなくごく自然な色だろう。全体的に化粧気はなく、年頃の女性にしては珍しい、だからこそ好感が持てるのかもしれないというのが降谷が彼女から得た第一印象だった。

所要時間はわずか二秒足らず。“人を観察する”機会の多い職業柄、相手の外部情報を瞬時に自分の中でまとめあげることは慣れてしまえばとても造作のないことである。けれども、それをいかにして相手に不信感を抱かせないまま行えるのかどうかは経験値や向き不向きが大きく関わってくる。幸い、降谷 零という男は世間的に美男子と呼ばれる部類の人間であったが故に、自身が相手の頭のてっぺんからつま先までをそれとなく探る間に、対象である彼らは降谷の顔の造形の美しさを認識するだけでお腹いっぱいになってしまうというアドバンテージを持っていた。よって、人好きのする顔で相手を数秒見つめれば大抵の場合は無条件で“好印象”を意識づけることができる。特に相手が女性の場合はそれ以上ですら可能だ。
しかし彼女は降谷が入ってきた時となんら変わらない笑みを浮かべている。降谷は無意識に気が引き締まるのを感じた。

「すみません。あまりよく知らずに入ってきてしまって……」
「大丈夫ですよー。はじめてのお客さんはそういう人が多いですから。簡単に言えば、深夜食堂ですねぇ」
「お一人で?」
「ええ。これでも味には定評で」

腕にも自信がありますし。と陽気に続けた女は、右手で握りこぶしを作り二の腕にできた貧相なコブを左手で指差した。
こんな時間帯に若い女性が一人で営業だなんて大丈夫なのか、という意味を込めての質問だったが女はそんなことよりも商品の質を悠々と語った。
なんだ、ただの馬鹿かと降谷は懸念を追い払う。

「さぁ、おかけになって。荷物は隣の席を使って下さい。ウチ、メニューはないのでご所望のものをお作りしますよー」
「へぇ。それは面白いですね……ただ、実は朝から何も食べていなくて。明日も早いから、あまり胃に負担はかけたくないんだが」

カウンターの一席に腰を落ち着けながらそう言った降谷は、女の言う通り隣の席に鞄と脱いだジャケットを置いたのち、顔を上げたところで気が付いた。先程まで笑顔だった彼女が、今は目を丸くして自分を見つめている。何か変なことを言ったか、と同じように女を見つめ返せばその形の良い唇がするりと開く。

「あら、お若いのに社蓄まっしぐらじゃないですかぁ……身体は一つしかないんですから、大事にしないと」
「歳はさして変わらないと思いますよ。それに、こんな時間に店を営業させる君もなかなかの仕事人じゃないか?」
「わたしは昼間にたーっぷり寝ていますから。ただの夜行性ですよ」

まるで子供のように表情を変え、イタズラな笑みを浮かべた女は少しだけ屈んだ。パタンと軽い扉を開け閉めした音のあと、熱いので気を付けて、という言葉とともに差し出されたのは、ほかほかと湯気の立ち上る厚手のおしぼりだった。
――まぁ、悪くない。



都会の喧騒に紛れた休息地
深夜食堂を営む未亡人とトリプルフェイスのほろ苦い何か。が始まろうとしていたほんの最初の部分。ざっくりとプロット組んであったんだけどなぁ……なんか乗らなくて放ったらかしになってます。



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