九月はきみの嘘ではじまる 1



「ーー傑、今日の放課後、渋谷、付き合えよ」

 それは授業の一環で行われた、呪術なしの組み手の最中だった。ハイ俺の勝ちー。と頭上でニヤリと笑った親友が2秒ほど前、唐突に言い放った言葉。稽古場の床に勢いよく投げ飛ばされる直前で、その後すぐに受け身を取ることを優先したため瞬間的に反応は出来なかった。ごめん、なんだって?と上体を起こしながら私が親友ーー五条悟を見上げれば、彼はまさに余裕綽々で大欠伸をかましている最中だった。いやはや、まったく……

「や、だから俺の勝ちだって」

 ゆっくりと立ち上がりながら、左右に首を傾けて筋を伸ばす。ついでに両肩も回してみた後は緩やかに前屈を……うん、特に問題はなさそうだ。悟はあまり加減というものが得意ではない。慣れるまではよく肋や腕を折ったり傷めたりが日常茶飯事だった。そして、その度に同じクラスメイトの家入硝子に反転術式で治してもらっていた。頼ること幾数回、「またー?めんどくさ。早いとこ習得しろよー」と呆れながらも笑ってくれる彼女に申し訳なくて、教えを乞うたが……結局のところ自分で出来た試しはない。

「違うよ、そのまえ」

 制服に付いた埃を払いながら悟に向き直るが、いまいち理解を得ていない悟の顔に多少の苛立ちを覚える。が、日頃からノリと勢いで生きている彼のことだ。半年も共に過ごせばある程度は理解できるようになった。いちいち気にしていてはまともに付き合ってもいけない。渋谷がなんだって?と輔翼すれば、あぁーそれね。とオーバーに手を打ち鳴らして悟は笑った。

「姉貴の誕生日プレゼント、買いに行くから傑も付き合うだろって話」
「周さん、誕生日なんだ」
「そ、来週だけどな」

 悟の陽に透けるような白髪とは裏腹に、闇夜に溶け込みそうな……けれどもどこか柔らかで艶のある髪を背に侍らせた彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
 悟の姉、五条周ごじょうあまねと言えば、呪術界でも名うての人物である。六眼を持たずして五条家相伝の無下限呪術をある程度使いこなし、且つ結界術のエキスパートとして名を馳せる彼女は、呪術師としての腕前は勿論、その容姿の美しさもさることながら、目の前の親友とは似ても似つかない性格の良さで極めて評判がいい。遺伝子とは大いに梯子を外すこともあるらしい、ということを彼らを前に私は学んだ。
 そして意外だったのは、家族や家庭の話などは滅多にしない悟が少し歳の離れたこの実姉のことだけは、喋りすぎなぐらいよく話すということだ。
 げー五条シスコンかよー。と煽るような視線を送った硝子を相手に、だったら何。と読みもしない教科書を見つめたままの彼の真面目な横顔は、未だ少し印象に残っている。





「今年はなんにすっかなー」
「ちなみに去年は?」
「香水。その前はピアスだったかな」
「……恋人みたいなモノ贈るのやめなよ」
「変な虫がつかなくていい」
「周さんの苦労が目に見える」
「バーカ、姉貴が言ったんだよ」

 そんなまさか、と息を呑めば「なんつったかな、どっかのブランドの香水が欲しーって」と肩をすくめた悟は駅前で自販機のボタンを押しながら笑っていた。あぁ、そっちね。ポケットの中の小銭を徐に探る。
 放課後、早速周さんの誕生日プレゼントを買いに行くぞと息巻いた悟だったが、どうにも何を渡すかまでは決めていなかったらしい。小銭を放り込んだ後、無糖の缶コーヒーのボタンを押す自分の隣で、甘いカフェオレを喉を鳴らせて飲む悟。背後を行き交う雑踏の中に女の子の黄色い声が混ざっていることには気付かないフリをした。
 これも日常茶飯事。

「しがない高校生相手にブラントもんの香水強請るって、まぁまぁツワモノじゃね?」
「どうせ適当なもの言っても、悟が納得しないのを分かってくれていたんだろう?」
「……一理あるな」
「で、今年は聞かなかったの?」
「あいにくお返事がアリマセンもんで」

 胸ポケットから携帯を取り出した悟は、ゆらゆらとソレを数度左右に振ったあと「忙しいっぽい」とつまらなさそうに口を尖らせた。あぁ。コレは、拗ねているな。つまるところが、それも踏まえた上で構ってほしくて私のことを誘ったのだろう。

「そういうとこ、可愛げあるよね」

 飲み終えた缶をゴミ箱に放り込んだばかりの悟が振り返った時の顔ったらなかった。

わりと真剣に慕っているが故に、馬鹿にされても取り合わない悟くん。見事なまでにシスコンですね。ということで、がんばれ夏油くん!なお話スタート!!
20230914



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