ロマンスはめない



「夏油様、大丈夫……?」

へ?となんとも間抜けな声が自分の喉を当たり前のように通って吐き出されたことは理解できた。ナナコの手から「はい」と手渡されたのは薄いブルーのタオルハンカチ。
そこでようやく、自分が泣いていたという事実に辿り着く。いや、参ったな……

「すまないね。目に……いや、大丈夫だよ」

ゴミが入った、などと月並みな誤魔化しが通用するとも思わず、自分でも驚くほど不自然な笑顔になる。頬の筋肉が引き攣るのを感じながら、そっと瞼を閉じた。
悟に会ったから、かな。記憶の片隅、瞼の裏側、春の木漏れ日のような笑顔で自分を見つめる少女の顔は、十年経った今でも驚くほど鮮明だった。



▽▽▽



運命だなんて、そんな現実味のない言葉を信用できるほど甘ったるい人生は歩めなかった。ごく普通の家庭に生まれながらも、ごく普通ではない術式ちからを与えられたことは幸か不幸か、私の人生を大きく狂わせる。人であって、人ならざる者の集まり。呪術界という至極閉鎖的な世界。
中で出会った人間のうちの一人、それが彼女だった。

全てを溶かしてしまいそうなほど柔らかい笑顔で初めてこの名を呼ばれた時、文字通り雷に打たれたみたいな衝撃を受けた。ただ顔が可愛いとかそういう次元ではなく、こんなにも穏やかな空気を纏う呪術師がいるのか、というのが彼女に対する正直な感想だった。
呪術師というのは常に、呪いや死と隣り合わせで生きている。そのせいか、携わる人間はいつだって何かに怯えていたり、神経がひりついていたりする。そんな中、彼女はいつだって笑顔を絶やさなかった。そして私は、そんな彼女からいつのまにか目が離せなくなっていた。

「今度からは私が開けてあげるよ」

「結構イケるね、これ」
「でしょ?最近のお気に入り」
「それはそうと昼食は食べたのかい?」
「傑ってたまにお母さんみたいだよね」
「コラコラ、ごまかさない」


「傑……あのね、」
「待って。私から言わせてくれないかな?」

「君のことが好きだ」

「……ごめん。泣かせたかった訳じゃないんだ」

悪いね。これからデートなんだ

悟。いつまで意地を張ってるつもりだい?
張ってねぇし。
……まぁ、譲るつもりもないけれど
ウッザ、キッショ、死ねよ
はいはい。
傑、アイツ泣かしたら殺すから
あぁ……そうだね

現実になってしまったね


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