嫁フリーク



 真希さんと近接戦の稽古をしているときだった。パンダ先輩も狗巻先輩も任務で出てるから珍しく今日は女子二人だけ。相変わらず真希さんの動きには無駄がないし、私なんかまだまだ足元にも及ばない。始めて三十分ほどしか経っていないのに、呼吸は乱れ、額から汗が滴る。
 ちょっと休憩するか。とその一声で上がった息を整えなから、真希さんが放ってくれたスポドリを開けて喉に流し込んだ。その時だった、

「おーい、ミチル」

 真希さんの視線の先には現代最強の呪術師、五条先生のお嫁さんこと閏間ミチルさん。ランニングでもしていたのだろうか。グラウンドの端、名前を呼ばれて足を止めていたミチルさんは、遠目に見ても肩で息をしている。目深に被ったキャップを外しながら、ミチルさんが焦点を合わせるようにこちらに体を向けて、それを見た真希さんが右手で口元にメガホンを作るように覆って声を張り上げた。

「手合わせしようぜ!」

 そっと前髪を掻き上げる仕草が艶っぽくて、これぞ大人の女って感じ。そのままちょっと怠そうに此方へと歩いてくる。カラーの地味なトレーニング着姿でもそのスタイルの良さが簡単に見て取れる。ゴジョセンといい、一体何食って育ったらそうなるんだか。

「……今走ってきたばっかやねんけど」
「どれくらい走ったんですか?」
「二十キロってとこかな……」
 
 げ、ハーフじゃん。と多分顔に出たのだろう。職業柄、もちろん持久力は必要だけど私はあんまり長く走るのは好きじゃない。けれど、三十代半ばにしてこの体型維持するのにはポテンシャルの他にもこういう努力が必要なのかしら。そう思えば、いや……頑張れる気はあまりしない。
 首元からチャックを下ろして籠った熱を外へ流しながら「言うとくけど、久々やしアンタ相手に加減できるほど器用ちゃうで?」とミチルさんは数度前屈する。

「ミチルさんって格闘技とかもやってたんですか?」
「コイツもともと警官だからな。見ての通り体力オバケ……実際ウォーミングアップだろ、二十キロなんて」

 そりゃ現役やったらな、と苦笑しながらも着々と柔軟運動を進めるミチルさん。上がっていた息も今やそんな名残すら感じさせないほどである。

「マジ!?こんな綺麗な婦警さんがいたら、逮捕されたい変態が後立たなさそー」
「実際どーだったんだよ」
「アホか。そんなマニアックなやつおらんわ」

 右、左と首を回してふっと噛み殺したような笑みを浮かべたミチルさんの空気が変わると共に、

「ーー隠れファン、多そうだけどねぇ」

 聞き慣れた薄っぺらい笑い声が響いたあと、刹那の静寂。突如として現れた五条先生に惜しげもなく向けられるミチルさんの冷ややかな視線。うわ、すごい嫌そう。
 一方、聞きもしないのにペラペラと口を動かし続ける五条先生が言うには、ミチルさんが所属してたのは公安のそれも外事、とのことだ。何年前の話やねん。呆れたようにミチルさんが呟く。

「……超エリートじゃないですか」
「対人だけじゃないよ。
 射撃の腕も超、一、流!」
「なんで悟が得意げなんだよ」

 深い深いため息が三人分響く。もちろん、ミチルさんと真希さんと私。こんなに綺麗で尚且つ優秀な女性が、どうしてこうも顔はイイけど軽薄を地でいくような男と一緒にいるのか……最早、呪術界の七不思議になっててもおかしくないと思う。
 ちょいちょい、と左手の人差し指を五条先生に向けて引っ張るように合図するミチルさん。なになにー?と飼い主に呼ばれた大型犬みたいに呑気な様子で先生が歩みよる。そして、本当に瞬きするほどの一瞬の出来事。ミチルさんに手首を引かれた百九十センチを超える大男が綺麗に宙を舞った。

「ッ……ほんっとに毎回気持ちいいくらい無駄、ないよね。そろそろ閏ちゃんの格闘術講座でコマ作ろうかな」
背負い投げコレが一番得意やからな」

 いまだにヘラヘラと笑う五条先生だったけど、術式を解いてしっかり受け身を取っている辺り、食らいに行っている。ああ、ーー

「いるじゃねーか、変態」
「いましたね、ここに」
「おったな……灯台下暗しやったわ」

 案の定、全員同じことを思ったらしい。

嫁フリーク 完


「でも冗談抜きで閏ちゃんの格闘センスはパクった方がいいよ。野薔薇や恵なんかはさ、柔軟性がまだまだ足りないからねぇ」
「へーへー。頑張りますよー」
「お前はいい加減そのぐにゃくにゃの脳みそもうちょっと固めろよ」
「よく言ったミチル」

あとがき

二メートルくらいのガタイのいい外国人でもさらっと投げ飛ばす。それが閏間ミチルという人です。
でもってそんな閏間さんに投げ飛ばされるのが好きな変態気質の旦那。


20240422



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