哀しくないだなんて、嘘だけれど



瓦礫に押しつぶされた左腕にはすでに痛覚がなかった。吸い込んだ煙が肺に沁みて強かに咽せる。折れた肋が内臓を傷つけていることは嫌でも理解できた。
掠れた呻き声がそこかしこから聞こえてくる。同じように爆発に巻き込まれた人間は少なくないようだ。
私がやつらの動きにもっと早く気付いていれば。思ったところで時すでに遅し。巻き添いになった一般市民を助けようにも、瓦礫に挟まれたこの手足ではどうにもならない。駆けつけた仲間や、真選組の姿を思い浮かべて気を紛らわせる。彼らに任せるより他にない。

「お嬢ーッ!どこアルかー?」

ふいに聞きなれた声が鼓膜に届いた。そういえば、ものの5分ほど前に偶然あった昔馴染みとその部下――というには些か語弊がありそうだが、彼らもまだ此処にいたのか。その声から察するに、無慈悲なテロリストの仕掛けたこの騒ぎによる余波は受けなかったようだ。
まだ幼い少年少女の姿を思い出して少しだけ安堵する。そして、此処だと、告げようとしたが声は出なかった。漏れた酸素が爆炎の煙とともに、とても不釣り合いな青い空に巻き上げられていく。不謹慎ではあるが、未だ降り注ぐビルからのガラス片がキラキラと陽の光を受ける様は綺麗だった。

「銀ちゃん!定春が何か見つけたネ!」
「でかした定春!」
「アンッ!」
地響きのような、何かが近付く音がして、耳に馴染んだ声が少しずつボリュームを増す。酸素を吸い込むことが苦しくなってきたのは丁度その頃だ。
どくどくと胸にあるはずの心臓の音が、耳のすぐ隣に飛び出してきたみたいに聞こえていた。まるで警笛のようだと思った。

「腕が見えます!銀さんッ!こっち!」
「間違いないねェ……あいつだ」
「お嬢!生きてるアルかッ!?」

動くのかどうかは分からない。それでも指を動かそうと意識をしながら、壁一枚向こう側にいるであろうその姿を思い浮かべた。手首一本でどうして私だと分かるんだ、あの白髪頭は。

「神楽手伝え!瓦礫持ち上げんぞ!」
「任せろネ!」
「新八!隙間に噛ませられそーなもん持ってこい!」
「ハイ!銀さん!」

重なり合った瓦礫がかすかに浮き上がる。二人分の唸りに比例して視界に入る光が増えていく。全く、こんなのは普通クレーンか何か使わないと持ち上がらないっての。野蛮な奴らだと笑えば胸の奥で何かが崩れるのを感じとった。自然と目蓋も重くなる。
「クッソ!ここらが、限界だぞッ……!」
「ひと一人ぐらいなら通れます!」
「お嬢ーッ!」
透き通る程の白い肌に土埃を乗せて、青い眼が此方を見つめる。隣では眼鏡の奥の瞳が悲痛な色を浮かべていた。
大丈夫ですか。今助けますから。
返事に一度、瞬きするのがやっとだった。

「おめーら、そこどけ」

瓦礫にできた隙間に身体をねじ込むようにして銀時は少しずつ私との距離を詰める。目に慣れた着流しは着ていない。崩れた瓦礫の鋭い角やそこから飛び出した鉄骨に動きを取られるからだろう。
よっこらしょ。と遂にその足が視界いっぱいになる所までたどり着いた銀時は「いい眺めだなぁオイ」と、笑いながら私の足の動きを封じている瓦礫に手を伸ばした。探るように辺りを見回しては厳しい視線を向ける姿に昔を思い出させてどこか申し訳なくなる。
「さっさと帰ェるぞ」
帰れるものなら。
右眼はもう見えなくなっていた。



「ガキが家で待ってんだろーが」



諦めかけた私の心を瞬時に読み取ったのか、静かな怒りの篭った声と眼差しにどうしようもなく泣きたくなる。
そんなものは分かっている。叶うのなら、今すぐにあの愛しい身体を抱きしめて、名を呼んで、ただいまと言いたい。しかし、きっとこの左腕はもう満足に動かないし、それが分からないほどバカにもなれない。

「ご、め……きてッく、れた……の、にッ……」

絞り出した言葉は自分のものではない程に弱々しかった。さすがの私もいざ死の淵に立たされると慎ましくなれるらしい。それすらどこか他人事のようにさえ感じてしまう。呼吸が苦しいのもきっと、そう。

嫌でも思い出してしまう優しい掌と、広い背中。こんな男が夫でいいのかと自信なさげに尋ねる姿が可愛くて、バカだなぁと少し高い体温を抱きしめたのがまるで昨日の出来事のようで。手を伸ばせば触れられる距離にいた頃の思い出が鮮明に蘇る。
喪ったあとは、もう二度とその温もりを感じられないと思っていた。今日という日が来るまで。だから、あともう少し。

「……追いかけてなんになる」

痛みを含んだ紅い瞳がこちらを睨む。
そんな顔をするな。そんな目で見るな。
どうにもならないことは私が一番よく知っている。死人は口をきかない。待っているよとこの瞳に映るのは、私自身が作り出した都合のいい幻影だ。



「この世にいねェ旦那より、テメーの帰りを待ってるガキのためにしぶとく図太く生きてやれよ」



夫を失った悲しみにくれる私の手を握り締めたとても小さな指。旦那と同じように右側だけくるんと跳ねた前髪を毎朝必死で直そうとしていた幼い背中。あんなに嫌いだった人参を目に涙を浮かべながら食べられるようになったと笑う顔。

ママは僕が守るからね。

もう写真でしか見ることのできない父親の笑顔に向かって約束するその姿を見てしまった時は、正直涙を抑えきれなかった。それを思い出した今もそう。

「頑張れよ、かーちゃん」

溢れた涙の先で笑う顔が憎らしくも眩しかった。

それでも君との未来を歩んでいこう


「毎日毎日来やがって暇人かお前は。それともアレか、お前実は私に惚の字か。言っておくが死んだ旦那とは離婚してないぞ」
「バカヤロー俺はなぁテメーみてーな死に損ないのガサツな女じゃなくて、天使でナースの佐倉ちゃんに会いに来てんだよォ!」
「だったら一々病室来んなや!っるせーんだよ!」
「テメっ一体誰のお陰で九死に一生出来たと思ってやがんだ!」
「誰も頼んじゃいねーよこのクソ天パ!どーせ病院来たならさっさと糖尿の治療でもしてこい!」
「まだ糖尿じゃねェよ!予備軍だ!」
「んなもんで威張るなッ天パ!」

「元気……そうですね」
「すでにいつものお嬢アル」
「というか銀さん毎日来てたんだ」
「銀ちゃん毎日ジャンプ買いに行くからおかしいと思ってたネ」


あとがき+α

子持ちの未亡人ってなんか良くないですか。←
攘夷組とは敵対しながらも昔からの付き合いで、攘夷戦争後に上官だった男と結婚して、子供ができて、でも夫には先立たれてちょっと荒れたりもして。そんな時にね、銀さんとかヅラがなんやかんやで助けてくれるんですよ。あーごちそうさまです。笑
今回は嫁さん見廻組の設定です。幼子残して死ねるわきゃねーだろってなもんで一瞬諦めかけますが銀さんに叱咤してもらいました。
にしても、親友もとい悪友の子供ってなんか甘やかされそうだなぁ。っていうあとがきでもうネタができちゃう。ほら二度美味しいってこのこと。笑
20170924
Title by るるる



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