「先輩のその
瞳って、
ほんとムカつくんですよね」
高専に入って二年目。
夜蛾センのスカウトにより、六月から中途入学してきた新しい後輩は身長が百五十センチもない小柄なお子ちゃま体型に、虫一匹殺せないであろう上品な顔立ちをしており、硝子曰く人形みたいらしい、が……その見た目からは容易く想像できないほど、性格と口がよろしくなかった。
初めこそ、術式も相まってマンマと騙された。式神使い……しかもかの有名な陰陽師、安倍晴明よろしく十二天将などという大層なモノを使役するというのだから、とんだ血筋のお嬢様が入ってきたものだと思っていれば……任務帰りの俺を談話スペースで見つけるなり、勝手に目の前に座っておきながら、死ぬほど面倒くさそうに此方を見る太々しい態度。
どこが人形だ。神社の狛犬のほうがまだ愛嬌がある。
「お前さ。俺、先輩。ナメてんの?」
「別にナメちゃいませんが……なに、先輩って意外と自意識過剰?やば、ウケるんだけど」
「やっぱナメてんだろ」
「なんすか、一勝負やります?」
軽く握るだけで簡単に折れそうな手首と、力加減を間違えれば数メートルは投げ飛ばせるであろう小さな体躯。稽古相手ひとつするのも無駄な神経を使いそうで面倒くさいと、そう思っていた。
しかしだ。見たまんまの小動物みたいな体であるがゆえの瞬発力と小回りの良さ、更には想像以上に重たい打撃と狙いの良さで術式ナシの組み手では、コイツを黙らせることができた試しがない。一体どこの誰に仕込まれた。だってまさか、この俺が、勝てないだなんて。
本人が戦わずともかまわない呪霊操術なんて便利なもんを持っていながら、体術を趣味とする傑にだって、幾らかの割合では白星をあげるのに、だ。
と同時にいくらか負けるのも事実だが。
「なに五条、また美桜に喧嘩売ってんのー?」
「君も飽きないねぇ、悟」
ほら、と傑の声と共に空を描いて手元に飛んできたのは俺が最近ハマっている缶ジュース。目の前の女には硝子が丁寧に手渡していた。
総じて俺への扱い雑じゃね?
「ちげぇよ、売られてんの!俺が!」
そして、先程までの仏頂面はどこへやら、硝子と傑の二人を見るや否、ふにゃりと笑顔を浮かべる橘の姿には些か殺意を覚える。
ほんっと可愛くねぇな!
「美桜、夜蛾先生が探していたよ?」
「なんだろ。明日の任務の話っすかねぇ。とりあえず、いってきまーす」
硝子センパイ、ゴチです。語尾にハートが付かんばかりの声色と笑みを浮かべて橘は立ち上がった。それを見計らって進行方向に足を出してやれば「いちいち長さ自慢しないでもらえます?めんどくさ」と何食わぬ顔で踏みつけて行く。まぁ術式で当たっちゃいないんだけど。一切の躊躇なしたぁホントにイイ度胸してやがる。
「ったく美桜のやつ、あの
形でもう準一級だって?」
「入学して以来のスピード昇級だってさ」
「将来有望で何よりだ」
紙パックのジュースを片手にご機嫌で去っていった立花が通路の角を曲がった辺りで、傑と硝子が目の前に腰を下ろす。俺に買ってきた派手な色のジュースの缶とは裏腹に、二人の手元にあるのは黒の基調のシンプルなコーヒーの缶。硝子に至っては既に中身を空けているようで、よく見れば灰皿がわりになっていた。
「確かにアイツは強ぇけど、俺らとはレベルが違うだろ。所詮、庸俗の域は出ねぇよ」
実際、体術に関しては確かに相当な手練だが、術式自体はまだまだ持て余している節がある。こればっかりは経験とセンスが百パーセントものを言う。生憎、積んでる場数が違う。
「はは。悟は手厳しいねぇ」
「ただの僻みじゃん。五条、美桜に組み手で勝てたことないくせに」
白い煙をふかしながら硝子は携帯を片手に揶揄うように笑っている。うっせ。と投げつければ、その笑みは更に深くなった。
「負けてもいねぇよ。それに、実践じゃ術式あってナンボだろーが」
「まぁ、悟と比較するのは結構だけど……実際彼女、戦闘センスもスキルもなかなかだと思うけど?自身の成長にも貪欲だし、とても勤勉じゃないか」
「あと人懐こくて、愛嬌もあって可愛い」
「ふーん、アレのどこが。寝る」
そもそもあのチンチクリンは傑や硝子にはヘラヘラと懐いているが、俺の前では出会った当初から基本的にむくれている。俺が何したっつー話。
心当たりと言えば初対面のその日に「小人かよ」と思わず口にはしたが、五〇センチ近く差があるのだから仕方がない。真顔で「人間です」と言われたが、別段怒っているような感じはしなかった。だったらなんだ。
傑が用意した土産を横取りしたからか?
七海が俺と組むのを嫌がって任務の編成を変えられたからか?あの時はたしか地方の任務が続いていたらしい上に、これまたど田舎のインフラが整ってないところに行かされた挙句、宿が最悪で寝袋の方がまだマシだと思えるようなペラペラの布団で寝る羽目になった。そして出された飯も不味かった。ってそれは俺のせいじゃないだろ。むしろ俺も被害者だ。
机に突っ伏した後、橘の態度が俺にだけ容赦ないことを悶々と考えていると、二人が小さくため息をつく音が聞こえてくる。
「めんどくさ」
「あーあ、拗ねちゃった」
「拗ねてねぇよ!」
勢いよく頭を上げると、してやったりと言わんばかりの二人の顔がこちらを見つめている。素直じゃないなぁ、とほくそ笑む傑の顔にまだ中身が入ったままの缶ジュースを投げつけたが、あっさりとそれは避けられた。
どっちもどっち 「はじめまして、橘美桜です。よろしくお願いします」
「ちっこ。小人かよ」
「……人間です」
「コラコラ悟、失礼だよ」
「や、だって。お前それ何センチ?」
「良いのは顔だけかよ……」
「は?今何つった?」
「百四十七センチですね。五条先輩は噂通り無駄におっきーいですね」
「……このクソガキ」
「悟。相手、女の子だから、落ち着きな」
あとがき+α
伊地知くんの先輩は五条くんの後輩。
ということで、シリーズ化させてみる。笑
怖いもの知らずの橘さん。ちっちゃいけれど根性座ってます。だってお家がゴリゴリのそっち界隈だからです!!むさ苦しい男所帯で育っているので、多少のことでは動じません!
20240415
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