私の春を青くした人



「お前ら、本当に昔から変わらないな」

冷んやりと冷たいコンクリートに寝転がって見上げていた空と陽の光が遮られ、視界はとびきり“美人の幼馴染”でいっぱいになった。全く、この“男”はどうしてこう私の居場所をいつも簡単に突き止めてしまうのだろう。もう一人の幼馴染であり、今となっては恋人にすらあたるあいつは、一度だって見つけられたことがないというのに。
早乙女家の庭でかくれんぼをしたときも、なかなか私が見つけられなくてベソをかいてたあいつの手を引いて、死角からそれをほくそ笑んでいた私の元になんの迷いもなく連れてきた。
ほら、みつけた。凛と澄んだ声に妙にドキッとしたのは今でも覚えている。

「姫も変わらないよ。今日もちょースペシャル絶好調にウルトラ美人でなにより」
「姫ってい、う、な」
「だってナイトと呼ぶにはちょっと……貧弱」
「コラ、憐れむような目はやめろ」

どちらともなく笑みが溢れて、辺りを流れる風に囁くような笑い声が拐われていく。真っ直ぐに伸びる青が再び目の前に広がれば、同じように空を見上げる形でアルトも隣に身体を横たえていた。サラサラの前髪が重力に従って脇へ落ち、額の形まで綺麗だなんてほんと完璧かよコイツと内心で毒づきながらのっぺりとした自らのそれを知らずに撫でていて、また笑う。

「それで、なんなんだよ。喧嘩の原因は」
「あー別に大したことじゃないよ」
「バカ言え、泣いてたろ」

いつもの、と言おうとしたところであっさりと遮られた。視線だけが此方を向く。その眼差しはとても優しいのに、どこか叱られているような変な気分になって思わずそのまま手のひらで視界を覆った。だから、なんで気付いちゃうかなぁ。

「……ほんっと、姫ってそういうとこだけ目敏いからキライ。そういうとこだけ」
「なんで今二回言ったんだ!」
「大事なことは二回言えって父さんが」
「ッたく。まぁ……話くらいは聞くぜ」

本当に理解してもらいたい相手にはいつだって上手く伝えられないくせに。かと思えば、何も言わなくたって気付くやつは、気付く。
そんな世の中はつくづく甘くないと思う。だからこそ、いつだって私は思いの丈を、この変なところだけ目敏い幼馴染に結局は零すのだろう。誰かに訴えることで少しでも心が軽くなることを期待して。
こうも色々と重くなっては満足に飛べやしない。

「パイロット……辞めてくれって言われた」

民間軍事プロパイダーであるS.M.Sに入隊して早半年が経とうとしていた。そして訳あってアルトも数日前より立派な戦友になった。航宙科の友達もいるし、父親の友人が上司で環境にはずいぶん恵まれている。飛行許可だって、つい最近ようやく出たばかりだ。カラーリングされた愛機を見せられた時の胸の高鳴りは忘れられない。
これから、全てがはじまるのだと思っていた。

「危険な仕事だからな」
「でもバルキリーに乗って空を飛ぶのは小さいときからの夢で」
「知ってるさ」
「ようやく手の届くところまで来たのに」
「……そうだな」

そう。やっと空に手が届いた。例え本物じゃなくても、終わりがあっても、触れられるだけでも、長年恋焦がれた空と機体が目の前にある。よもやどうして鳥に生んでくれなかったんだと両親を呆れさせたこともある程に私の望んだ空が。
なのに、抱き締められた時に気付いてしまった。腕が、声が、震えていたことに。いつの間にか追い越された身長。身体ばかり大きくなって中身はてんで成長しないと思っていたのに、心配なんだと響いた声は低くてどこか鬼気迫るものがあった。そして何よりそれを振り切れない自分がいた。
勝手なこと言わないで、と思いながら突き放すこともできず、どうして理解してくれないのかが悲しくて、痛くて、辛くて。

「もうダメかもしれない……こうやって、空や夢と秤にかけてる時点で私はきっとこの先もあいつを傷付ける。嫌いになったわけじゃないのに」

言葉が溢れるのに比例して涙腺がツンと痛んで、生温かい液体がこめかみへと伝っていくのを感じた。次から次へと押し寄せてくるこの感情をどこへ持って行ったら良いのかも分からなくて、かといって自分の中で全てを消化できるほど大した器もないものだから、ただただ声を押し殺して泣くだけ。
幼い頃から隣にいるのが当たり前で、いないと気付くとどこか寂しくて、可愛い女にはなれないから好きだなんて言葉は片手の指で足りるほどしか言ったこともないけれど、そんな言葉では到底足りないくらいにずっと想い続けている。
けれど、目の前に広がる空の誘惑に打ち勝てない自分がいるのも事実。

「どうして俺がいつもあいつより先にお前のことを見つけられるのか……知っているか?」

軽いフットワークで上体を起こしたアルトは、鞄の中をゴソゴソと漁った後白い紙を一枚取り出した。そして、コンクリートの地面に前屈みになり熱心にそれを折り始める。私たちの中ではおまじないのようになっている、紙飛行機。
幼い頃から何百回と見てきたその姿勢。折り方だって私なんかは美与さん直々に教えてもらったのに、いつも一番遠くまで長く飛んでいるのはアルトのそれだった。特にあいつのなんかは直ぐに墜落する。
涙でぐしゃぐしゃになった頬を拭いながら「知らない」と呟いた掠れ声はひどく不細工だった。

「泣き虫だったあいつを、必ず見られる位置にお前はいつも隠れていたんだ。それを知ってたから、俺には簡単だった」

よし、と折り終えた背中が立ち上がる。辺りを見回して風を確認し、翼の傾きを微調整したアルトは静かに息を吸い込むと小さくステップを踏んで、その倍の一歩を踏み出すとき一気に追い風に飛行機を乗せた。
真っ直ぐに、青い空を翔ける白い翼。

「びっくりしちまうよな……あんなに人見知りで、泣き虫で、俺たちの中じゃ断トツ一番の引っ込み思案だったあいつが、今じゃフロンティアを代表する若手実力派俳優だなんて」
「……うん」
「でもあいつをそうさせたのはお前だろ?いろんな誰かに見てもらいたくてあいつはこの仕事をしている訳じゃない」

流れるように宙を舞う紙飛行機の先には、この辺りでも一番高くて大きい広告塔がある。週末に封切りされる映画の主演男優をつとめるあいつの姿が一番よく見える場所。

それが――此処。



「例え君がどこにいたって、僕を見失わなくて済むように。この広い空からだって、ちゃんと見つけてもらえるように……そう、思ったんだ」



ったく、手が焼けるぜ。と笑うアルトの視線の先には大好きな笑顔。驚きに任せて起こした身体がそれ以上は動かせなくて、言葉にも詰まる。
なんでいるの。なんで。
お互いに会う時間を作るのも容易ではなくて、それなのにこの間はろくに笑顔も見せられないまま別れてしまった。受け入れることも、断ることも出来ず、不安に押しつぶされそうになる彼の心境を察していながら私は……

「ごめん。僕が悪かった……」
「そんな……」
「君には何よりも空が似合うのに、その翼を僕は手折るところだったね。戦場に向かう君を見送ることを怖くないって言ったら嘘になるけど、僕は信じて待ってるから。君の帰る場所は僕のところだって、まだ思っててもいいかな」

さすがのその言葉には、考えるよりも先に足が動いた。太陽に照らされたコンクリートを蹴って、すっかり広くなったその胸に飛び込む。こんなにも愛しいこの人を残していくことなど、やはり微塵も考えられやしない。だから、誓おう――

「必ずッ……いつだって必ずこの腕の中に生きて帰ってくるから。だから、信じて待ってて」

貴方が隣に居るだけで この空はいつもの何倍も青い

「君なしじゃ生きられないってこと、忘れないでね」
「泣き虫のあんた残して死ねる訳ないでしょ!」
「それは自分の顔見てから言った方がいいぜ」
「アルトの言う通りだね。それに僕はもう泣き虫卒業したんだから」
「うーるーさーいーッ!」
「さてと、久しぶりに3人で飯でも食べにいくか」
「あ、欲を言うなら僕はアルトの手料理がいいなぁ」
「バカ言え。そいつに作ってもらえよ」
「無理無理。あたしバルキリーは操縦できても包丁と鍋の扱いは知らないよ」
「お前なぁ……」
あとがき+α

唐突に浮かんだネタを3日間ぐらいで締め上げたので、なかなか突っ込みたいところもありますが……それはさておき。
幼馴染ってやっぱり美味しい設定だな、と思うんです。基本的に色恋には鈍感だけど、昔からの馴染みが相手ならそういうの凄く鋭くなるウチのアルトさん。美味しい立ち位置なのに完全に脇役状態で、オリキャラがしゃしゃり出てますが、うちはそういうサイトだからと腹をくくることにしました。
今回は名前までわり振れなかったけど、もしかしたらどこかでまた続きなり、昔話なり出てくるかもしれない、だなんて。気まぐれな幼馴染3人組設定でした。
20170912
Title by 星食



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