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 流石は五条家のご令嬢。見上げていると首が痛くなりそうなタワーマンションの前で立ち止まった悟に「まさか、此処?」と尋ねれば何がおかしい、と言わんばかりに「そうだけど」と彼は鞄の中を弄りはじめた。目視でも優に30階はありそうだな、と再びソレを見上げる。

「……あぁ、あった」
「鍵持ってるんだ」
「弟だし」

 絶対に悟の趣味で付けていないであろうマスコットのキーホルダーが一緒になった鍵を取り出した彼は、エントランスのロックをワンタッチで解除すると、大きなガラスの自動扉を抜けて我が物顔で颯爽と進んでいく。呆れ半分で置いて行かれぬようにその背中に続いた。
 そして、エレベーターホールまでの道すがらイミテーションの絵画が幾つか飾られたその廊下には、もはやここは美術館だったのかもしれない、などという錯覚すらさせられそうになった。床の大理石も照明を反射して眩しいぐらいに磨き上げられているのだから五条家、恐るべし。上層階は平気で億レベルの物件だろうな、と何処か遠く考えていると、エレベーターの中で悟が押した階ボタンには28の文字が刻まれていた。



***



 部屋の前に辿り着くなり何度か咳払いをして、ゆっくりとインターホンを押した悟からは少し張り詰めた気配が伝わってきた。先程までの意気揚々としていた彼は一体どこに行ったのか。なんだい、緊張してるの?と問えば振り向きもせずに「うるせ」と一蹴される。
 次の瞬間、ゆっくりと開いた扉の先には周さんがこぼれるような笑みを浮かべて立っていた。

「いらっしゃい」
「よー久しぶり」
「おじゃまします」
「夏油くんも、こんばんは」

 入って。と玄関ホールに通してくれた周さんからはふわりと甘い香りした。彼女の背中を追いながら隣で靴を脱ぐ悟の表情が緩んだことから察するに、彼が去年プレゼントしたという香水がソレなのだろう。しかしその直後、足元に見つけた男物の革靴に彼の表情が瞬く間に強張っていく。クソ、と悪態を吐いた悟は、リビングの扉を開けて待つ周さんに「アイツ、いんの?」と少しの憤りも隠さずに尋ねた。
 そして、廊下中程の扉が開く。

「いちゃ悪いかよ。相変わらずだなお前」

 おそらくはバスルーム。濡れた髪をタオルで拭きながらその男は現れた。若手の俳優と言われても納得が出来るような見た目をしたその男は、冷ややかな笑みを浮かべながら悟を挑発した。一体何者だろうか。

「まぁ、入れば?クソガキ」
「家主面してんじゃねぇよハゲ」
「こーら、喧嘩しないの」

 私たちに比べれば幾らか背は低いが、それでも180代半ばはある身長にしっかりとした肩幅。アスリートでも通用しそうな体格。しかしながら、わずかに触れる呪力から、彼もまた呪術師なのだということはすぐに分かった。そして正直、周さんの隣に立つ様子に違和感がない。それほどの関係性であることも一目瞭然。
 少し、胸が痛む。

「これ。誕プレ」
「もう悟、そんなのいいのに……」
「姉貴だっていつもくれんじゃん」
「そりゃ可愛い弟だからねぇ」

 今にも男に対して殴りかかりそうな様子の悟だったが、周さんの前ということもあってなかなか怒りをセーブしているらしい。通されたリビングのソファーにどかりと腰掛けるなり、プレゼントの紙袋を突き出すように渡している。それを受け取りながら周さんは私にもソファーを促してくれる。彼女に言われるがままに、悟の隣へと腰を下ろした。

「欲しいもん返事なかったからテキトーに選んだ。そこの、よく使ってたと思って」
「あーごめん。忙しくて……でもよく覚えてたね。なんだろ?」

 ローテーブルの上に袋を置いた周さんは「開けていい?」とラグの上に膝立ちになり、表情を綻ばせながら悟を見た。当たり前、と言うふうに頷く悟を待って、周さんはとても丁寧な手つきで袋の中から箱を取り出す。細い指先が掛けられたリボンを解いて、そっと壊れものでも扱うかのように蓋を開ける。その後ろから、缶ビールを片手に男が覗き込んでいた。
 ああ、嫌な予感。

「てかそれ、お前がこないだ色が似合わないって言ってたやつじゃん?」

 やはりこの男、相当性格が悪いと見た。もしくは、同じく性悪の悟のことだ……彼の大好きな姉の周りをちょろちょろして過去に何かをされた故の仕返しか。何にせよ、二人の相性は120%悪い。
 そして私もあまり好きにはなれないだろう。

「……ッ、てめぇ」
「もうバカ、それは違うやつ。貴方こういうの全然分からないんだから黙っててよ」

 珍しく焦燥を孕んだ周さんの声に思わず彼女を見れば、冗談抜きで厳しい視線を男に向けていた。その様子に、キレる寸前の悟が浮かせていた腰を何事もなかったかのように降ろしている。
 悟のことをよく分かっている、流石の対応としか言いようがなかった。

「悟、ありがとう。大切に使うね」

 向き直った周さんは、とびきりの笑顔で悟にそう言った。

性格の悪い男が増えました。
周さんの幼馴染で、ほぼ彼氏みたいな人。五条くんは勿論大嫌いですし、当然彼からも嫌われてます。
20240410



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