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 まるでゆらゆらと水面を漂う浮き草のように、悟とふたりでショッピングモールをあっちへふらり、こっちへふらりと巡っていると、すっかり日も落ちる頃になっていた。

「あーやべ。腹減ってきた」
「どうする?何か食べるかい?」
「あ……いや、」
「ハイハイ、早く見つかるといいね」

 難しい顔でフロアマップを見つめながらまごつく悟の肩を叩くと、サングラス越しの瞳が不服そうに此方をチラリと見た。ふさふさの睫毛や珍しい瞳の色、見るもの全ての人間に世界の神秘を感じさせるその目元は、周さんと悟でよく似ている。彼女の方が少し垂れ目がちであるが、以前にそれを悟が話題にしたとき、周さんはあまりいい顔をしていなかった。とても魅力的なのに、と思いながらも拗ねる横顔に意外な一面を見られたその時はとても得をした気分だった。
 そういえば最近はめっきり会っていないなぁ、と目の前の彼よりも頭の中で微笑む彼女に思考を奪われていると、気が付けば隣にいたはずの悟の姿が忽然と消えていた。

「えぇー普通……放っていく?」

 だがしかし、くるりと見回せば、目立つ白髪が目的を持って一直線にどこかへ向かおうとしているのが簡単に見つかった。雑踏の中でも、頭ひとつ飛び抜けている悟は、まぁ、割と見つけやすい。何か良いものでも思いついたのだろう。先程までとは打って変わって迷いのない歩みに思わず笑ってしまった。周さんのこととなると、彼はいつもよりずうっと子供みたいだ。

 悟には決して届かぬ声でひとり笑いながら、何の気なしに視線を動かしたところで、ふと目に止まった雑貨屋のディスプレイ。まるで、時が止まったようにソレと目があう。引き寄せられるようにショーケースの中に鎮座するそれは、よく見ると丁寧な装飾が施された髪飾りだった。

「よければお出ししますよ?」
「あ、いえ。これ……頂きます」

 ガラス一枚向こう側で圧倒的な存在感を放つソレから、1ミリも目を逸らさずに口だけがそう動いていた。アンティーク調の針金を幾重にも重ねて形取られたその髪飾りは、一見するとリボンの様で、しかしよく見ると蝶の形をしていたのだと気付く。似合いそうだな……ショーケースの商品を見つめたまま独り言のように呟く様はさぞ怪しかったことだろう。
 けれど、胸下まで伸ばした滑らかな黒髪を目元より上半分だけよく纏めている彼女には使いやすいものであると思ったし、何より周さんの雰囲気にピッタリな装飾だという確信があった。繊細で、それでいて存在感のある、そんな彼女に……派手なパーツが付いているわけでもなく、何処までもシンプルなのに細部まで拘っているのだろう。今にもゆかしく空へ飛びそうだ、なんて。

「恋人への、贈り物とか……ですか?」

 余りにも真剣に髪飾りを見つめていた私に、女性店員が表情を和ませていたことに漸く意識を取り戻して、なんだか気まずい気持ちになった。誤魔化すように鞄の中の財布を探すフリをする、がそんな焦りもなんとなく彼女にはバレているような気がする。

「知り合いに似合いそうな方がいて……」
「コレね。一点一点が作家さんの手作りなんです。一つとして同じものはなくて、コレが最後だったから……素敵な方に巡り会えると思うと嬉しい」
「……簡単でいいので、包んでもらえますか?」
「もちろんですよ!白とピンクどちらの包装がいいですか?」
「白……かな」

 少しお待ちくださいね。と、エプロンのポケットから鍵束を取り出した彼女は、ショーケースの鍵を開けてガラス戸を滑らせると中からとても丁寧に髪飾りを取り出して微笑んだ。溌剌とした、爽やかな声のトーンで話す彼女はとても嬉しそうに髪飾りを見つめたのち、レジカウンターへと向かう。そこからはとても速やかにことが進んだように思う。髪飾りから目が離せなかった時間は、なんだか永遠のようにも感じていたと言うのに。
 慣れた手つきでけれど手抜かりなく包まれて行く髪飾りを見守って、提示された金額を支払い、商品を受け取る。

「きっとお相手の方、お喜びになられますよ」
「ありがとうございます……」

 薄いレース模様の入った半透明の袋を片手にすると、なんだかとてもこそばゆい気持ちになった。そして、皺が付かないよう、鞄の空いたスペースにそれを仕舞う。私が持つには似合わないのもいいとこだ。悟に見つかったら何を言われるかも知れないし。

 そうこうしている間にポケットの携帯が震えた。2コール目が鳴り終わらないうちに通話に出ると、お前今どこ。と完全にヘソを曲げている悟の声がした。
 全く、それはこっちのセリフだ。

ショッピングモールで男がふたり、ふらふらしながらプレゼント探ししてるとか、青春だなぁ。だがしかし、かたやお姉ちゃん。笑
夏油くんは別に買うつもりはありませんでした。髪飾りにときめいちゃったから、勢いです。
20230927



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