甘党アソシエーション



 朝から九州で呪霊をいくらか祓った。と思ったらその日のうちに今度は北陸で。その帰り、ついでと言わんばかりに山梨にも寄らされた。いやいやいや、人使いならぬ五条使い荒くない?と言う僕のメールに返ってきたのは「しゃーない」という一言。
 絵文字もなし。労いの言葉もなし。
 これは帰ったら癒して貰わないとなぁ、と充電の切れそうなスマホをポケットにしまう。その前に、一旦高専か……面倒だなぁ。




「ねぇ。僕のプリン知らない?」

 珍しく面倒ごとを全て終わらせた。普段の僕なら……ま、いっか。と勝手に目を瞑ってきたことーーまぁそれは、僕だから許されると言うより、もう仕方がないと周りが呆れているだけなんだけど、なんとなく今日は、人生でも十分数えていられるくらいの数少ない真面目な僕が顔を出したらしい。というのも、

「昨日買っておいたんだけど、ファ◯マの秋季限定マロンミルクティーモンブランプリン」

 帰宅して直ぐに熱めのシャワーを浴びた。夕食は高専で、誰かが差し入れしてくれたらしいいなり寿司が"お好きにどうぞ"と置かれていたので、書類関連を処理しながら片手に食べた。その辺のチェーン展開されてるメーカーのヤツにしては、わりと美味かった記憶はある。小ぶりのそれを2、3個つまんでから、自宅の冷蔵庫で待っているその存在を思い出す。食後のデザートにするにはやや惜しいと、そう思って手を止めた。
 簡素なプラスチックの容器に蓋をして、残ったいなりにご馳走様でした。と軽く頭を下げる。え、もう終わり?今ので足りるの?いなりが見上げている。まぁ、僕のガタイや消費エネルギーを考えれば、決して足りてはいない。少しの空腹感と帰宅したのはその15分後だった。そして、今。

「あ、これ?ごめん食べてもた」

 秋季限定、とはいえ。世の中はまだ九月半ば。地球温暖化のせいもあって依然、残暑の厳しい季節だ。陽当たりがいいのは良物件の証拠だが、日中の熱が残るリビングでは僕の奥さんが割と露出度の高い部屋着で寛いでいる。タンクトップから溢れる華奢な肩の先、ほっそりとした二の腕から伸びる手元に視線を送る。彼女の肌も十分魅力的ではあるが、今日はそれより楽しみにしていたモノがあったわけで。プラスチックのスプーンを片手に、ソファでゆったりと座っていた彼女が振り返った。

「えぇー去年すんごい美味しかったから、今年も出たら絶対食べようと思って1年越しに楽しみにしてたのにー!」
「まぁ、まだ半分くらい残ってんで」
「トップの栗ないじゃん!1番美味しいとこ!」
「まぁ、せやな。わたし栗好きやし」
「酷いよー僕、これのために朝から呪霊取っ祓って嫌な報告書も頑張って爆速で帰ってきたのにー」

 8割は嘘だ。昨夜コンビニで見つけて、たしかに今日食べるつもりではあったが、一旦忘れていたその存在を思い出してからは多分2時間も経っていない。

「……ないもんはない」

 いや、ごもっとも。
 オーバーに脱力しながら彼女の隣に腰を下ろすと、こちらの体重でミチルの身体が僅かに傾いだ。僕の濡れた毛先から落ちる雫に「てか、冷たい」と鬱陶しそうな視線が向けられる。嫌がらせのようにずい、と彼女に顔を寄せるとひとすくいのプリンが口元に届いた為、そこは迷わずに口を開けた。

「ミチルが勝手に食べちゃったからでしょ
 ……んん、でもやっぱ美味いね」

 トロリと滑らかな食感に、優しい卵の味がする。栗のこっくりとした甘さとミルクティーの柔らかな風味がベストマッチ。去年よりこれ、パワーアップしてんじゃね?このレベルがわずか300円たらずで買えるのだから、コンビニのスイーツ部門も本当に優秀になったものだ。
 もう一口と催促するように顎で彼女の手元を示せば、はいはい、と呆れた母親のように彼女は笑った。あー幸せ。

「そんなん言うたら、悟だってアタシのセ◯イレ限定生産、塩ミルクのハーゲン◯ッツ、こないだ勝手に食べたやん」
「あーそういえば……でもでも!その前はお義母さんから貰った鳳凰堂のカステラ、僕の分残してくれなかった!」
「いや、あれは別にいつでも売ってるし買いに行けるやろ」
「違うよ!今お店の修繕工事で、次は年明けまで食べらんないんだよ?」

 少しずつ身を削られるプリンを前に、大の大人が子供のように諍うことのなんと滑稽なことか。けれど、あの店のカステラは、彼女も僕もかなりのお気に入りだ。マジで?となかなか情けない表情になったミチルは、決まりが悪そうに「それはごめん」と手元のプリンと見つめ合った。
 もうなくなっちゃうね。彼女の肩に腕を回せば、最後のひと口をすくって、パクりと迷わずその口に入れる。あ、くれるのかと思ったのに。そして僕の気持ちも果敢無く、すくっと立ち上がるミチル。

「……買いに行こ。栗はアンタに譲る」
「はは、今度からはもう2個ずつにしよう」
「せやな。それがうちにとっては平和やね」
「その前に、ミチル。その格好は旦那として色々許せないから。着替えて」
「え"ぇーめんど……」

 めんどくない、その間に髪乾かしてくるから。と半ば寝室に押し込むように背中を押す。5分後、ショートパンツとタンクトップから、夏用のスウェットとTシャツに着替えた彼女と無事に玄関で落ち合った。
 ちゃんと下着付けてる?揶揄うようにその滑らかすぎる背中をなぞると共に言葉を失った。いや、

「シバくよ?襲ってほしいの?」
「アホか。ブラトップ・・・・・!」
「……普通に焦るから」

 心底面倒くさいと言わんばかりにため息をついた彼女は先に玄関の扉を潜る。家から最寄りのコンビニまで徒歩15分。夜風に当たりながら散歩するのも悪くない。多分、彼女も一歩外に出ればそう感じたのか、薄い雲に見え隠れする月を時折眺めながらゆったりと歩き始めた。

「でも、ミチルが甘党なのさ、ホント意外過ぎて毎回可愛いなって思っちゃうんだけど」
「悟も似たようなもんやろ。現代最強の男が下戸で甘党って、死ぬほどウケるわ」
「えー今僕は褒めたのに!」

 たどり着いたコンビニのスイーツコーナーの前で二人。時間が時間のせいもあって、並んでいる商品は決して多くない。それでもーー

「あ、また新しいのん出てるで、ほら」
「あ、ホントだ。こっちも美味しそうだねぇ」

 生徒に見られたら笑われるんだろうな。右から左へと視線を何度も動かしながら、んーっと悩む彼女の姿が愛おしい。決められないんだろうなぁ、分からなくもないけど。
 スイーツそっちのけで彼女の動向を見つめていると、よし。と意を決したのか振り返った彼女と目が合う。

「流石にこの時間のコンビニスイーツ3つはキツいから……今回は半分こして一緒に3種類食べへん?」
「ホント、そういうとこ……ずっるいよねぇー」

 その手の中には既に2種類の商品が選ばれている。あと一つは一応僕に選択権をくれるらしい。
 可愛いったらありゃしない。

「食べ過ぎは体型維持が大変やからなぁ。でも全部気になるんやもん……」
「そういう意味じゃなかったんだけど、まぁいいや。でもさ、ミチルはもうちょっと肉つけてもいいと思うけどねぇ」
「いやいや、悟はまだ20代やから分からんのよ。30過ぎた女の代謝の悪さなめんなよ?油断しようもんなら……考えただけで恐ろしいわ」

 3種類目を僕が選ぶと、真っ直ぐにレジへ向かうその背中に続く。見てたら他も欲しくなるって書いてあるよ、とは伝えないでおいた。

「あと……」

 急に神妙な顔つきになったミチルは、一組だけレジを待ちながら僕を僅かに見上げた。いやいや、ココで上目遣いとかやめてくれない?しかも手にコンビニスイーツ2つも抱えて。
 マジで可愛いんだよ、ちくしょう。

「悟の隣に立つプレッシャーもある」

 貴女がそれを言いますか。そりゃあ僕は誰もが認めるナイスガイで、顔面国宝で、人類最強のイケメンだけど。遺伝子の有能さはミチルだってかなり上位だ。
 ついにそんなこと言ってくれるようになったのかーだなんて、子供の成長を認識する親みたいな気持ちにもなりつつ、つい意地悪をしたくなった。好きな子ほどいじめたくなるってのは、僕はすごくよく分かるタイプだ。

「え、なんで?」
「アホ。分かってるくせに全部言わすな」
「えー?分っかんないなぁ?」
「その顔は絶対分かってるやろ!ハイこれ全部アンタの奢りー!!」
「はは、全然いいよ。奢ったげる。だけどひとつ条件があります」

 ビシリと人差し指を彼女の眼前に置く。見る間に眉間にシワが寄って、あからさまに口角が下がる。うっわー、嫌そうな顔。でも、これぐらいのワガママならいいでしょう?と言わんばかりに言葉を続けた。



「今日、ちょっと可愛すぎんだよね。
 帰ったらデザートの前にチューしたいなあ」



 店員さんがバーコードを読み取る電子音。
 店内に流れる最近のヒットチャート。
 新しい客の入店を知らせるベル。
 開いた彼女の口から出る音だけが聞こえない。

 流石にちょっと照れちゃったかな。盗み見た彼女が静かに右腕を上げた。その手にはーー

「……あ、すいませんカードでもいいですか?袋はいらないです、コイツが持つんで」
「え、待って!!!」
「アタシが払うし、もう半分こもナシ!お前は水道水にグラニュー糖入れて飲んどけ阿呆!」

 クレカを店員に渡し終えたミチルの手は、此方へ向けられると綺麗に中指だけが立てられた。もう!女の子がそんなことしちゃダメ!

甘党アソシエーション 完


あとがき

嫁と旦那で気が合うところ、甘党。
五条さんが甘党なのホント可愛すぎると思ってたけど、その恐妻がおんなじように甘党なのって倍可愛くない?と思ったところから始まりました。笑
自分の大事なもの取られたら悲しいということは理解してるので、ちゃんとごめんね。も言えるし、全部気になっちゃうから半分こしよーよって嫁、可愛すぎやろ。
何これ。
20230923



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