奇跡は起こらない


幾度となく愛の言葉を囁いても決して彼が振り向くことはない。
それどころか相手にすらされない。
だが臨也は今日も静雄に会いに行く。愛の言葉を囁くために。


「シズちゃんいい加減気付いてよ」
「何が」
また今日も現れた天敵に静雄は即座に戦闘体制をとったが、臨也は今日はそういう用事で来たわけではないと静雄を制した。
「俺、シズちゃんが好きっていうこと」
「は」
静雄はさも下らなさそうに鼻で笑うと、そういうことなら帰る、と歩いていってしまった。
「好きだよって言ってんのに、シズちゃん」
一人残された情報屋はため息をつきながら、今日も駄目だったかと呟いた。
面と向かってだとからかい口調でしか話せない自分に臨也は苛立ちを感じていた。

一方で静雄は近くの公園で煙草を吹かしていた。
子供達が遊んでいるのを邪魔しないようにそっとベンチに腰かける。
「今日の煙草は不味いな」
いつもと同じ煙草の筈なのに苦味が多い気がする。
静雄は苦い煙草を吸っていられず、地面に落としてグリグリと足で捻り潰した。

『そこで何をしているんだ?』
顔を上げると黄色いヘルメットが見えた。
「セルティか」
静雄は思わぬ友人の登場に笑って答えた。
セルティは口数が少なく、すぐにキレやすい静雄としては凄く一緒にいて居心地がいい。彼なんかと大違いだ。
そこで彼とセルティとを比べてしまう自分に愕然とした。
あんな奴のどこが良いのか。セルティは静雄の都合等に合わせてくれるが臨也は自分勝手にも程がある。大違いだ。
しかし先程の僅かに歪んだ顔が頭から離れない。
何故あいつは毎日のように自分に会いに来ては冗談か本気かわからない愛の言葉を囁く。
『静雄?』
突然黙り込んでしまった静雄にセルティはどう対応していいものか迷った。
「いや、大丈夫だ」
不安げなセルティの言葉に静雄は自分に言い聞かせるかのように口を開いた。
セルティは何かを感じたのかそれ以上静雄に話しかけることはせず、ただ黙って静雄の隣に腰かけた。
静雄にはそれが大変ありがたかった。
二人とも無言であった(セルティに至っては元々喋らない)。
時間は無情にも過ぎていく。
静雄はあんなに苛立っていたのに今はとても落ち着いていた。
もしかして自分が臨也の言葉を本気にしないのは本気になるのが怖いのかもしれない。静雄は突如そう思った。
もし自分が本気になったとしても相手がきちんと返してくれるのが不安なのだ。
自分も落ちぶれたものだな、と鼻で笑った。
恐らくまた臨也は来るだろう。そしていつもの愛の言葉を囁く。
しかし静雄は本気にしない。
このサイクルは止まることを知らない。
しかし静雄は心の何処かでその輪廻を踏み外すことを望んでいた。

結局、日が暮れるまでセルティとただベンチに座っていた。
セルティは新羅が心配するから、と公園を後にしたが、別れ際の、昼とは違う何か憑き物が落ちたような清々しい静雄の笑顔にどうやら解決したようだな、と胸を撫で下ろした。








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