夢の中へ

「名前、寝てる…?」
「…おきてる」
微睡の中に落ちてきた声が、ゆっくりと私を現実に戻した。横になった私の隣に聞こえる、小さな吐息。彼を起こさないようそっとドアの方に顔を向けると、いつの間にか寝巻姿に着替えていた総司が此方を覗いていた。
「うそ、目が垂れてるよ」
「ふふ、ごめんね。寝かしつけてたら私も眠くなっちゃって…」
ゆっくりと身体を起こすと、ドアの音を立てないよう総司がゆっくりと中に入って来て隣に腰掛けた。ふわりと総司の香りが鼻をかすめる。
「大丈夫。このまま寝る?」
「…ううん、一旦起きるよ」
「そう…」
総司は私の隣に腰掛けたまま、息子の前髪を指の背で撫でた。細く柔かな前髪が横に流れて、安心しきった穏やかな寝顔をよく見せてくれた。すう、すう、と可愛らしい寝息が聞こえる。
「よく寝てるね」
「今日は外でよく遊んだから」
総司に顔を寄せて、小声で話すと、総司の眉が寄った。前髪を撫でた手を、私の手に重ねる。
「ずるいな、僕だって名前とデートしたいのに」
「何言ってるの、子供相手に」
彼の様子が子供らしく、愛らしく思えてしまい思わず笑ってしまった。総司は心外そうに私を見る。
「子供相手って言ったって、男は男だよ」
重ねられた手の指が絡まっていく。総司の言葉で、最近確かに子供につきっきり過ぎた節がある事に気付いた。総司自身が忙しい時期と言う事もあり、なかなか話す時間も少なかったのだ。加えて3歳になった息子は日に日に運動量が増していき、遊び方も危なっかしくなってくる。同じ年頃の子と遊んでいる時などは相手の子に怪我をさせないか、彼自身が怪我をしないかと目が離せないくらいに。その所為で一日中子供を追いかけまわし、家事をこなしている私も毎日へとへとで、こうして寝かしつけている間に一緒に眠ってしまうこともままあった。
「ごめんね、最近あまり話して無かったね」
「それは構わないんだけど…って、言いたい所だけど、そろそろ君が不足してて子供に八つ当たりするところだった」
「…ふふ、ごめんね」
絡まった指を持ち上げて、彼の中指に口づけてみせる。総司は少し目を見開いた後目を細めて、私の中指に口づけた。
「今日、取引先の人と話す機会があって、お互いの家族の話になったんだ」
総司の視線は私の指先に向けられたまま、低く甘い声で彼は話し始めた。相変わらず良く眠る息子を一瞥した後、総司の方を向く。
「その人のところにも、子供がいるんだって。男の子と女の子の兄妹で、奥さんは名前と同い年。子供は可愛いっていう話を最初はしてたんだけど、だんだん話が奥さんの話になっていってね、その人が僕に笑いながら言ったんだ。「家内も子供を産んだ時から『母』って感じになっちゃって、少し気が引ける」って」
身に覚えのある事だ。家事や育児を優先するばかり、美容やファッションがおろそかになりがちな部分が自分にもある。心臓が嫌な音を立てて大きく鳴っている。私の動揺を察知したのか、総司は穏やかに笑った。
「…でも、僕にはそれがよく理解できなかったんだ。子供が生まれても名前は名前だし、何より、僕と名前の間に生まれたこの子を、こんなに一生懸命に向き合って育ててくれて…。見たことのない穏やかな顔をしたり、子供と一緒に無邪気に寝たり。それなのに、二人きりの時は僕の知ってる名前の表情を見せてくれて…。結婚するときに、これ以上君の事を好きになる事なんてありえないってくらい大好きだったのが、子供が生まれて更に君に夢中になってる」
そっと、総司の香りが強くなった。引き寄せられるように目を瞑り、顎を持ち上げると、触れるだけの口付が降ってきた。
「こんなに好きなのに、きっと僕はもっと君を好きになる」
「総司…」
「いつもありがとう、名前」
もうひとつ、唇に彼の唇が触れた。
「すきだよ、総司」

穏やかに何度かキスをして、二人で笑って、布団にもぐる。子供の方を向いて眠る私を、後ろから抱き締めるようにして総司も一緒に。



「おやすみ、総司」
「おやすみ、名前」



大好きな吐息をふたつ耳にしながら、あたたかな気持ちで、私はゆっくり目を閉じた。

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