チョコミント

いつだって、放課後が待ち遠しい。朝のHRの時からずっとずっと放課後を待ちわびてる。

2年になった春、静かに学年主任を恨んだ。何故私と千鶴のクラスを分けたのか。薄桜学園の女子生徒は少ないからこそ、仲が良い子同士は離すべきじゃないと思うのだけど。
あの日張り出されたクラス表を見て、何も言えなかったのは私だけじゃなくて、千鶴も同じで。他の友達に声をかけられて、漸くぎこちなく笑う事が出来た私が見たのは、眉を寄せて笑う千鶴だった。こんな顔、してほしくないのに。
だから、あいている休み時間は2つ隣の千鶴のクラスに遊びに行くし、お昼は千鶴のクラスで一緒に食べるし、放課後はHRの後早く終わった方が教室の前で待ってる約束。
今日は、千鶴の方が早く終わったらしい。先生の号令と共に教室を出ると、窓に背を預けて俯いている千鶴が目に入った。

「千鶴!」
「名前ちゃん」
「お待たせ」
「ううん、うちのクラスも今さっき終わった所だから」

いつもと同じように、二人で廊下を歩く。廊下には既に部活に向かう生徒や私たちのように帰宅しようとする生徒が溢れ、その間を縫いながら階段を目指す。

「そういえば今日の5限の時にさ、」
他愛もない話を千鶴に話す。千鶴には全然関係の無いの事なのに「うんうん」とちゃんと相槌を打ってくれる。ただその場を凌ぐ為の相槌ではなく、私の話に興味を持ってくれてるって判るから、嬉しい。
「今日ね、うちのクラスで…」
同じように千鶴が話すときは、私は静かに相槌を打つ。千鶴はゆっくりとした口調で、でも楽しそうにいつもクラスの事を話してくれる。今日一日千鶴がどうやって過ごしたのか、それを知る事が出来るのが、嬉しい。私が知らない千鶴を、どんどん知っていけるようで。
私より少し背の低い千鶴は、話しかけるときに少しだけ視線を上げる。視線が合った時に少し恥ずかしそうにはにかむ姿が、たまらなく好きだ。


「あ、今日からダブル頼むとトリプルになるって!」
「アイス…?」
駅前のアイスクリームチェーン店の前を通ろうとしたところで、店先に張られた大きなポスターが目に入る。梅雨の合間の蒸し暑さで肌はべとべとだ。
「名前ちゃん、夏休み一緒にプール行くからダイエットするって…」
千鶴がすかさずツッコミをいれる。そうだ。夏に千鶴とプールに行く約束をしたのだ。その前に冬に蓄えた脂肪をなんとかしなくてはいけない。梅雨に入ってしまったということは、これが明ければ夏で嫌でも体育の授業は水泳になる。
「うう…でも…」
千鶴の指摘は確かに正しい。正しい、けど。目の前にあるポスターを恨めしそうに眺めていくと、隣で小さく空気が動いた。
「もう、仕方ないなぁ」
はっと振り返れば、困ったように笑う千鶴の姿。
「そのかわり、体育の授業は全力で!だからね?」
「うん!千鶴大好き!」
「はいはい」
私の調子に小さく笑った千鶴は、既に数人が並んでいるショウケースの前に進んだ。ピンクのシュシュで緩く結われた黒髪が揺れる。
「どれにしようかなー」
「季節限定のやつも食べたいよね」
ショウケースに並ぶ優しい色をしたアイスたち。そのどれもが今の私たちには魅力的で、どれにしようかと相談しているうちに私たちの番が来てしまった。



「つめたーい!あまーい!おいしいー!!!」
結局、二人で悩みに悩んで、被らないように頼んだ。一口目に入って来たストロベリーアイス。甘いアイスの中にグミのようにやわらかいイチゴの粒が入っていて、美味しい。千鶴は隣でキャラメル味のアイスを口に運んでいる。
「やっぱり買ってよかったー!」
「ふふ、本当に美味しいね」
千鶴が言うと、嬉しくなる。彼女の微笑み方は不思議と優しい気持ちになれるのだ。いつだって、千鶴のこの表情を見るのが好きで好きでたまらない。
「美味しいね、千鶴」
「うん」
二人で店内奥、クーラーがあまりきいていない端の席に座って、まるで内緒話をするように顔を寄せてアイスを食べる。食べ終わりたくないのに、ゆっくり食べているととろとろとアイスの表面が溶けてきてしまう。途中からふたりともアイスを食べる事に集中してしまって、会話は無くなった。
「あ」
「え?」
私が最後の一口を食べたと同時、千鶴もぱくり、とピンクの小さなスプーンを咥え、最後の一口を楽しんだ。私の声にきょとん、と目を瞬かせた彼女はどうかしたかと視線で私に問いかけた。
「私チョコミント食べたかった…」
「え、ご、ごめんね!」
「ううん、私も予め言ってた訳じゃないし…」
千鶴に非は無いのに謝ってしまうのは、千鶴の優しい面であるけれど、悪いところでもあると思う。彼女はいつだって優しすぎるのだ。
「ちづる、」
だから、私はいつだってその優しさに付け入って、甘えて、そして愛する。
「え?…っ、名前ちゃん…!」
「ごちそうさま。やっぱりチョコミントは美味しいね」
充てた唇は、驚くほど冷たくて、そしてほんのりスーッとした。チョコミントの味なんて感じられなかったけど、それで良い。千鶴は耳まで赤くして両手で顔を覆ってしまった。
「ねえ、千鶴」
「…」
怒ってしまったのだろうか。顔を覗き込むように近づけると、指の隙間から、大好きな瞳が見えた。





「やっぱりまた、アイス食べに来ようね」
「…うん、」


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