スリーピングフェイス

3限に何故この講義を取ってしまったのかと憂鬱になる毎週水曜日。

出席と毎講義後ののレポート提出によって単位取得となる為、出ない訳にはいかない。
授業は黒板を見ても全然頭に入って来ないから、毎回配られるプリントを見て、それっぽくレポートを書いてる。
90分の授業には慣れてきたとはいえ、興味の無い事を聞かされ続けると睡魔が襲ってくる。

『まだ始まって10分も経ってないよ』
少し神経質そうな、右上がりの字で、一言そう書かれたルーズリーフが私の元へ滑り込んできた。
隣の席で口元に笑みを浮かべながら黒板を見るのは、お兄ちゃんと同じ道場に通っていたという、沖田総司。

『眠いものは眠い』
『眠いって顔に書いてある。寝顔酷いんだから気をつけなよ』
『え!?私寝顔見せた事ある!?』

講義を進める1つの声と、シャーペンが動く音しかしない、静かな講義。私たち二人以外は真面目に授業を受けてるらしい。こんなやり取りをする生徒は他に居ない。
私のメモに視線を落とすと口元に一層濃い笑みを浮かべた総司は、勿体ぶるようにゆっくりとメモを書き進める。

『新八さんそっくりな寝顔』

「っ!」
声にならない声が出た。教授に見つからないように、適当に咳をして誤魔化す。その間に羞恥でどんどん顔が熱くなっていく。
お兄ちゃんにそっくりな寝顔って…!口半開きで涎垂らして半目開いてたってこと?もしかしてあの酷いいびきも?嘘でしょ?私女の子だよ?

『うそでしょ?』
『自分の寝顔、どんなだかわかってなかったの?』

相変らず素敵な笑顔を向けてくる総司。…もういやだ。消えたい。隠れたい。よりによって好きな人に、あんな顔を晒すなんて、嫌。無理。無理!最悪!!



その後の授業は、いつにも増して、頭に入って来なかった。総司はその後何も言わないし、授業が終わっても顔が合わせられなかった。

「名前今日もう授業無いでしょ?お昼食べて帰ろうよ。…名前?」

総司はいつも通り声をかけてくれたけど、もう私はそれどころじゃなくて、適当に言い訳してそのまま帰路についた。食事どころではない。
『たまげる』って『魂消る』って書くんだよな、まさに今の状態じゃん。なんて考えながら家に帰って、ベッドにダイブ。
天井を見ながら、お兄ちゃんの寝顔を思い浮かべると、自分が全く同じ表情をしているのが容易に想像できて、更に気分が落ち込んだ。お兄ちゃんは決して嫌な奴じゃないし、不細工な訳でもないと思う。でも、寝顔は酷いんだ。本当に。あと、いびきも酷い。あまりに煩いからお兄ちゃんだけ離れた部屋に隔離されてるのに、私の部屋まで聞こえてくる。お兄ちゃんが悪いわけじゃない。お兄ちゃんが悪いわけじゃないのに、腹が立つ。

「名前入るぞー」
ノックも無しに能天気な声が聞こえて来た。
「何」
「この間言ってたゲームやり終わったから貸そうと思って…何だあ?機嫌悪いのか?」
私と全く同じ蒼色の瞳を大きく見開いて私の頭をぐしゃぐしゃにする。心配だっていうのが表情から伝わってきて、先ほどまでも八つ当たりの苛立ちはするすると収まっていく。

「見られたの」
数秒おいて、声に出すと、また自分の寝顔が頭に映し出される。
「見られた?…!な、何を誰にだ!?」
お兄ちゃんはまたいつもみたいに大げさに勘違いしたらしい。私を大きく揺さぶりながら大声で質してくる。…うるさい。
「総司に、」
「な、そ、そうか!総司か!総司とそういう仲なのか!?」
「…お兄ちゃん勘違いしてるよ。見られたのは寝顔。総司に寝顔見られたの」
「寝顔…?」
私の隣にお兄ちゃんが腰掛けると、重みで少し身体が寄る。お兄ちゃんは、温かくて大きい。あー、とか、うー、とか、お兄ちゃんが唸りながら自分の頭をぐしゃぐしゃにしてる。多分、何かを聞きたいんだと思う。我が兄ながら判り易い。
「何」
「そ、その、答えたくなけりゃ答えなくていい!だからその…どういう状況で見られたんだ?」
「状況?」
「お、おう」
「…ベッドの中」
「名前ー!!!嘘だろ!?いや、年齢的にはもう…いやいやいや!だめだだめだ!」
「嘘だよ。授業中だよ」
「へ?…そ、そうか授業中か。俺ぁてっきり『そういう仲』なのかと思ったぜ…。ん?寝顔見られる何が悪いんだ?」
「寝顔、ぶっさいくなんでしょ、私」
「そうか?俺はお前の寝顔、可愛いと思うけどな…」
うーん、と考え込むお兄ちゃん。あの顔を可愛いと言えるのは、妹マジックだよ。どう見たって不細工だよ。
「…そう」
「まあなんだ。そう落ち込むなって!夕飯すき焼きだとよ!早く行かねぇと肉無くなるぞ!」
「…はいはい、」

結局、お兄ちゃんとの夕飯戦争によって私の悩みは軽くなった。こういう時、お兄ちゃんがお兄ちゃんで良かったな、って思う。
勿論問題は解決されてないし、あの顔を見られた時点で恋愛対象から外されたかもしれないけど、いつかは挽回できるかも、知れない。




「名前、」
「総司、おはよう。昨日はごめんね、急に帰っちゃって」
「別に大丈夫だけど。具合でも悪かったの?」
昨日と同じく、同じ講義を取ってる私たちは隣同士に座って、講義が始まるまでの束の間をおしゃべりで潰していた。
「うん、ちょっとね。寝たら治ったから大丈夫だよ」
「季節の変わり目で僕も咳が出易いし、名前も気を付けなよ。風邪ひいたら心配性の新八さんがうるさいだろうし」
「言えてる」
同じ道場に長く通っていただけあって、総司はお兄ちゃんの事をよく知ってる。表面的な部分も、内面的な部分も。見た目の派手さとは裏腹にこうして人の内面を見られる総司の事、やっぱり好き。
「名前さ、自分の寝顔、本当に知らないの?」
「…お恥ずかしながら、総司に言われるまで知らなかった。まさかお兄ちゃんと似てるとは…」
苦笑交じりに答えると、総司は少し考え込む仕草をした。どうしたのかと思って声をかけようとした所で、教授が入ってくる。タイミングを逃した私は、それ以上言及出来ず、大人しく講義を受ける事になった。

授業が開始して30分。昨日と同じく睡魔が私を襲う。瞼が重くて重くて、持ち上がらない。意識はどんどんと細くなり、聞こえてくる声が夢か現か分からない。頭の隅で『あの寝顔はダメ!』ともう一人の私が必死に叫んでるけど、もう無理。三代欲求に恋愛は勝てない。三代欲求の勝利。眠い。寝る。この教授の講義は寝ても大丈夫。さようなら私の恋。








「…名前?」
いつも通り、名前は隣で小さな寝息を立てはじめた。週に何度かはこうして寝てしまう。僕と同じ講義だけでこうなんだから、違う講義でも寝てるだろう。こういうところが新八さんと似てると思う。
朗らかで、明るくて、大らかで。一緒にいて心地が良いと感じる人は意外に多い。少しでも悪い虫が付かないようにとこうして近くにいるって言うのに、名前は全く僕の気持ちに気付くそぶりはない。そのくせ、自分の気持ちを隠すのが下手で、たまにこっちが恥ずかしくなる。

窓から差す日の光が、僕より濃い色をした髪を優しく輝かせる。気持ちよさそうに寝ている点では、確かに新八さんに似てると思う。けど、新八さんの寝顔より、ずっとずっと静かで優しい顔をしている。
「僕の前で以外、この顔しないでよ」
夢の中の名前には届かない。悔しいからまた後で、寝顔の話をしよう。だから今は、この幸せそうな寝顔を堪能する事にする。



夢の中に、僕がいる事を祈って。






-fin-


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