君の好きな顔

「苗字君、来週の実験の件で…」
「…山崎君、わざわざありがとう」
3限の終わりにメールした通り、友達と食堂で昼食をとっていると、山崎君が食堂まで来てくれた。
ゼミの実験は2週に1回。少数精鋭と言われる山南先生のゼミは、毎年希望者が殺到するけれど、選ばれるのは極々僅かな生徒だけ。およそゼミの内容とは関係の無さそうなレポートを提出して、その内容から決められた。私と山崎君の他にはいない。
私は友達に断りを入れると、山崎君と共に席を外した。

「友達と食事中だったんじゃ…?」
「私はもう食べ終わってるし、もともとこうして抜ける事は伝えてあったから大丈夫だよ」
そう言って笑いかけると、控えめに目が細められた。山崎君は、切れ長な目をしているからか近寄り難い雰囲気を持っているけれど、その実話してみると、真面目で、優しくて、素敵な男の子だ。
隔週でこうして私たちは実験についての打ち合わせをする。些細な打ち合わせ不足やミスが実験の失敗を招く。実験のミスも面倒だけれど、ミスをした事による山南先生の笑顔がもっと怖い。初めて私がミスをしてしまって以来、こうして私たちは自主的に入念な打ち合わせをするようになった。

「この実験が終れば、暫くはレポートだよね?」
山崎君は小さく頷くと、手元のノートに先程打ち合わせした内容を書き留めた。男の人にしては細めの綺麗な指が、少し右上がりの文字を連ねていくさまを見ながら、時々彼の横顔を盗み見た。全体的に華奢な作りのようで、その体躯は意外としっかりしている。顔のつくりは好き嫌いは分かれるだろうけど、私は好きな方。短く整えられた髪も清潔感があって良い。
「苗字君…」
「うん?」
「俺の顔に、何かついている、だろうか…」
僅かに、彼の頬が染まった。言葉の意味を理解するとともに此方の顔も赤くなっていく。
「ご、めん!その、綺麗だなーと思って…不躾に見て、ごめんね?」
「いや、その、嫌ではないんだが…」
ノートを閉じた山崎君は頬を赤くしたまま、此方を向く。切れ長の目が更に細められ、射るようなその目つきに、此方の心臓が跳ねた。
「えっと…」
「あ、いや、変な意味ではなくて」

変な空気が、流れてしまった。食堂内であまり人がいない場所を選んだのに、周りの学生の声がやけに耳に届く。視線を落として、彼のノートを見る。山崎君が何を考えて、どこを見ているのか分からないけど、多分、私と同じように視線を落としてる、と、思う。
ちらり、と再び彼を盗み見ようと視線を上げた。
「あ…」
また綺麗な瞳と視線が絡んでしまう。どちらともなく出た声に、視線は絡んだまま、二人とも固まってしまった。

「山崎君って、綺麗な目、してるよね」
ふと、思った事を口にした。彼の目は、いつも真っ直ぐで綺麗だ。
「、」
山崎君が息を飲む。先ほど赤かった頬は、ますます赤くなってしまった。
「ごめん、また変な事言っちゃった」
つられて熱くなる頬に手を当てて、笑ってみせると、山崎君がふっと笑った。
「、ははっ」
「…っふ、」
どちらともなく、笑えてしまう。二人して、同じように顔を赤くして。同じように相手を盗み見ちゃうなんて。

ひとしきり笑って、二人とも落ち着いたところで、山崎君が口を開いた。
「苗字君の視線は、判り易い」
「そうかな?」
「きっと、目が大きいからだろう」
悪戯っぽく山崎君が笑う。みんなが「怖い」って言う目が、とても優しく弧を描いた。

ああ、この顔だ。たまに見せる、この顔が好きなんだ。

「山崎君!その顔、好きだよ」
「…は」
ぴたり、と、山崎君が固まる。そしてみるみる顔が赤くなっていく。さっきみたいに頬だけでなく、耳まで真っ赤。
「自分は、」
片手で隠すように口元を覆うと、山崎君は真っ直ぐに此方を向いた。
「君の笑っている顔の方が、好きだ」

今度は、こちらが赤くなる番らしい。
ばくばくとうるさい心音が、耳にまで届いて、頬が燃えるように、熱い。
先程まで顔を真っ赤にしていた山崎君は、もう落ち着いた様子で笑っている。同い年とは思えないほど、優しい顔で。

時計はあと10分で次の授業が始まる事を告げているけれど、もう少しこうしていたくて、山崎君のあの笑顔を独り占めしたくて、時計なんて、見えないフリをした。

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