お楽しみは最後まで

「じゃあ平助君と名前ちゃん買い出しよろしくね」

部活のメンバーで集まって小さなパーティーをすることになった。発案者は総司。場所は土方先生の家。調理は一君と千鶴ちゃん。最初は剣道部のメンバーだったのに、土方先生が原田先生を誘ったり、原田先生が永倉先生を呼んだりして、結局部活のプチパーティーではなくなってしまった。そのうち部員が1人キャンセル、2人キャンセル…と、結局残ったのは私と平助と総司と一君、千鶴ちゃん。総司は段取り良く誰が何をするかを決めて(先生達はどうせ後でお酒を飲むからと、片付けを頼むらしい)、メモを片手に指示を出していた。家を提供する土方先生は「汚すなよ」とだけ言って後は自由にさせてくれるみたい。普段スーツや制服で会ってる皆と私服で会うのはなんだか少し緊張してしまう。立ったり座ったりがあるからとスカートは普段より少しスカートが長めのニットのワンピース。
先生の家に着くと、先に着いていた総司に平助と一緒に飲み物とお菓子を買ってくるよう言われた。渡された封筒にメモも一緒に入っていて、準備が良い反面私と平助の記憶力が信用されてないんだな、とおかしくて笑ってしまった。
「さ、行こうぜ!」
平助はスニーカーを履き終えると封筒を手にしていた私の横を通り抜け、玄関の扉を開けた。冷たい風が頬にあたり、外の寒さを再び思い知らされると上着の袷をぎゅっと握った。
「名前?」
「ごめんごめん、行こうか」
平助と並んで土方先生の家を出る。大型マンションの一室は上層階にある為、二人でエレベーターに乗って地上へ降りた。…二人きりの密室というだけで、変にどぎまぎしてしまったけど、一瞬盗み見た平助はいつも通りで、たったこれだけの事に浮かれているのは自分だけなのだと思い知らされてしまった。

「総司の奴、絶っっっ対二人で買える量じゃねぇよこれ…」
カートを押す平助がうんざりした顔で籠の中を見る。そんな平助の言葉に苦笑を漏らして、メモにチェックを入れながら残りのお菓子を探す。冬季限定のチョコパイのお菓子を手に取って籠に入れると、平助が言った事がよく分かる。平助の言う通り、二人で持つには少し無理のある量だ。
「どうする?誰か呼んで手伝ってもらう?」
「えっいや、いいよ!二人で!あ、でもそれだとお前が大変か?」
「ううん、私は大丈夫だよ」
慌てた様子で誰も呼ばなくて良いと言った平助は、私の返事を聞くと大きな目で一度瞬きしてから笑った。

「…平助、大丈夫…?」
レジに通して袋詰めした袋は丁度4つに分かれた。飲み物ばかりの袋が2つ。飲み物とお菓子が入った袋が2つ。前者を平助が、後者を私が持つ事になった。本当は半分ずつにしようと言ったんだけど、左右のバランスが取れた方が良いと言って平助は飲み物だけ入った袋を持たせてくれなかった。
スーパーを出て数分、平助が小さく呻いた。思わず声を掛けるといつもより少し無理をしたような顔をして平助が此方を向いた。
「重さは全然余裕なんだけど…袋が指に食い込んで痛ぇんだよな」
一旦袋を道路に置くと両手を数回握って私を見る。
「名前は大丈夫か?俺みたいに手ぇ痛くなったりしてねぇ?」
すっと手を差し伸べられた。すぐに私の手を見せるよう言っているのだと気付いて慌てて荷物を降ろして掌を平助に差し出す。平助程ではないけれど、私の掌も赤くなっていた。
「あー…名前もじゃん。大丈夫か?」
自分だって手が痛い筈なのに、平助は私の掌の赤みが引くよう何度も摩ってくれた。単に掌が痛そうだからとは言え、好きな人にこんな長時間手を握られては…流石に、恥ずかしい。
「あ、あの平助、私もう大丈夫だから!」
「おう、そっか。じゃそろそろ行くか」
慌てるのは私だけみたいで、平助はいつもの笑顔を私に向けて、再び重い荷物を両手に持った。ガサリ、スーパーの袋が鳴る。後半分だ。頑張ろう。そう意気込んで私も袋を持ち上げて平助と肩を並べた。

「俺さ」
土方先生のマンションが見えてきた。南から日が当たって、きっと部屋は暖かく手気持ち良いんだろうな。声を掛けられ、隣にいる平助を見るといつも好奇心に満ちてきらきらしている目が、少し苦しげだった。…やっぱり手が痛いのかな。
「大丈夫?私走って永倉先生あたり呼んでこようか?」
「あ、そうじゃなくて…」
平助は苦しげな表情を緩めて眉を下げて私を見た。いつものメンバーでいるとあまり感じないけど、平助はやっぱり男の子だ。背が、顔ひとつぶん違う。次の言葉を待つ。平助は何か言いたげで、トイレにでも行きたいのかな、なんてぼんやり頭の隅で考えていると、漸く平助が口を開いた。
「俺、総司に頼んだんだ。名前と一緒に買い出し係にしてくれ、って」
その言葉の意味も、今それを言う意味も、私にはよく分からなくて平助のビー玉みたいに輝く瞳を見つめた。
「まさかこんなに沢山買い物頼まれるとは思って無くて…ゴメン、名前に本当はこんなに沢山持たせたくなかったんだけど」
「大丈夫だよ。部活で重いもの持つのは慣れてるから、そんなに辛くないよ」
「でも…その、手、赤くなってんじゃん」
「平助程じゃないよ」
「俺は男だから良いんだよ。普段竹刀持ってるから手の皮も厚いし」
平助の優しさが嬉しくて、頬が緩むのが分かった。元気で、底抜けに明るくて、優しくて、純粋で、太陽みたい。平助の、こういう所が好きなんだよな、と、改めて感じられて胸があたたかくなる。
「ありがとう、平助」
心の中で『好き』の気持ちを大きくしながら感謝を伝える。言葉の端から、私の想いが伝わってしまえば良いのに。もちろん、相手は平助だから気づかないんだろうけど。

「なあ、名前」
ありがとう、を伝えたのに、平助は此方を向いたまま動かなかった。何か変だったのかな、とか、もしかしたら気持ちが伝わったのかな、とか恥かしさと疑問がない交ぜになって頬が紅潮する。どうしよう、と次の言葉を紡ごうと頭を回転させるけどこういう時に限って言葉が出てこない。慌ててぐるぐる考えていると、平助が口を開いた。
「え、な、何?」
心の中を見透かされたような錯覚に陥って、返事がしどろもどろになる。
「あ、あのさ、さっきの話なんだけど」
平助は立ち止まると先程と同じようにスーパーの袋を降ろして此方を向いた。倣うように私も袋を降ろす。ガサッ、と、袋の中で荷崩れがあ起こったけど、知らないフリ。
「さっきの話…?」
先程のような心臓の鳴りとは違う、ひとつひとつが、大きく鳴って、耳に届く。
「その、俺が総司に名前と買い物係にしてくれって頼んだって話…」
「…うん」
核心に触れるという事が容易に想像出来る。次の言葉が早く聞きたいのに、聞きたくない。じんわりと身体が熱くなっていくのを感じた。
「名前と二人きりになりたかったんだ。…教室じゃクラスメイトの目があるし、部活でも他の奴いるし…登下校は俺基本的に千鶴と一緒…というか起こしてもらっちゃってるし、なかなかこうやって二人になる機会作れなくて」
一旦口を開くと流れるような早さで平助は言葉を紡いでいった。昼近い太陽はキラキラと彼の髪を光らせた。遠くで車のクラクションが聞こえる。
「俺、」
ぐっ、と、試合中と同じ真っ直ぐな蒼が私に向けられた。射るような視線。先程までビー玉のようだったそれは、今は鋭い。怖じないよう真っ直ぐに見つめ返す。少し薄い唇が、次の言葉を紡ぐ為に、開かれた。


「平助ー!名前ー!お前ら遅っ…ってなぁにやってんだ?」

「…」
「…」
おい。おい。おい永倉先生。無駄にでかい声で青春の一ページを邪魔しないで。体育教諭と間違えられるほどの身体と性格を持つ彼から、視線を平助に移す。予想外すぎる出来事に動けずにいる平助。ぐっと握った拳が僅かに震えていたが、すぐに拳の力は抜かれた。
「〜っとありえねぇ!新八っつぁん!」
「なんだぁ?お前ら遅いから心配して来てやったってぇのによ」
状況を理解していない永倉先生は左手を後頭部に当てながら不満げに私と平助を交互に見る。
「な、永倉先生ありがとうございます!」
とりあえず、今の話は後で仕切り直した方がよさそうだ。平助はやっぱり不満そうにしてるけど、先刻の空気を考えれば決して悪い話が続く訳ではなさそう。それなら、楽しみは後に取っておいた方が良いのかもしれない。つい数分前までの空気を思い出すと思わず頬が綻んだ。
「じゃあ新八っつぁんこれとこれな。俺、名前の荷物半分持つから」
「おう!」
先程まで平助が両手で一生懸命持っていた荷物を軽々とまでは言わなくとも、余裕で持ち上げた永倉先生。彼の肉体を考えれば当然だけど、やはりあれで世界史教諭なのは腑に落ちない。いつもの緑ジャージではなく、グレーのティーシャツに薄手のダウン姿の彼は私たちに背を向けてせかせかと歩き始めてしまった。
「ほら、片方持つよ」
平助が右手を私に差し出す。左手に持っていた荷物を彼の手に預けると、横並びになって二人で永倉先生の後を歩き始めた。永倉先生は私たちの事なんてお構いなしにずんずん進んでいってしまうから、あっという間に距離が出来てしまう。

「名前」
永倉先生がマンションの入り口へ吸い込まれた後、平助が私の名前を呼んだ。
「うん?」
「ほら、」
隣を見遣れば、平助が左手を差し出して来る。
「え、と…」
「さっきはその…新八っつぁんに邪魔されちまったし、かといって今伝えるのも違う気はすんだけど…でも、せっかく二人になれたから…その…」
頬と耳を赤くして、蒼い瞳に私を映した平助が、私の手を取った。
「これくらい、良いだろ?」
左手が、熱い。その熱を包むように握り返すと、蒼が少しだけ細まった。
「平助…」
「どうした?」
二人で手を繋ぎながら、先ほどよりも勿体ぶるようにゆったりと歩き始める。どうしてもじれったくて、私から言ってしまいたくなった。一緒に歩きながら、彼を見る。
「さっきの話なんだけど」
「ちょーっと待った!」
「え?」
言葉を遮った平助が悪戯っぽく口の端を持ち上げて、握る手に少し力を入れた。
「楽しみは、最後まで取っておこうぜ?」
ぐい、と腕を引かれて、先ほどよりも少しだけ距離が近くなる。
「だから今はここまでな」
指と指を絡めるような手のつなぎ方に変わり、掌の密着度が高くなった。恥ずかしくなって真っ赤な顔で平助を見たら、満足そうに笑っていて、頭の隅でやっぱり男の子なんだな、とか考えてしまう。

「ほら、みんな待ってるから行こうぜ!」
いつもと変わらないスピードで平助が歩き始めた。土方先生の家まであと少し。






「平助!」
「どうした?」
「楽しみだね、パーティー!」
「おう!」

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