小春日和

強くて、弱い人





「沖田さんは幸せですね、こんなに綺麗で、優しい名前さんが恋人なんですから」
花が咲くように笑うのは、新撰組預かりとなっている雪村千鶴ちゃん。私と総司さんの仲を知っている、数少ない人。

「うん、左之さんや新八さん達に知られると煩いし、非番の度に邪魔されちゃ困るから、まだ言わないけどね。でも僕は本気だから、もう近藤さんと土方さん、山南さんにも話してあるんだ」
「えっ」
聞いてない、と、総司さんの顔を見ると、綺麗な翡翠が『良いでしょ?』と言っている。嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちがない交ぜになって顔が赤らんでいく。誤魔化すように目の前のお茶を啜ったけど、多分二人にはばれてるだろう。
「ふふ、名前さん顔赤いですよ」
「千鶴ちゃん…!」
くすくす、と笑いを零すと、千鶴ちゃんは立ち上がった。
「私、土方さん達にお茶を出してくるのでお暇しますね。名前さんゆっくりしていってください」
千鶴ちゃんは軽く一礼すると、私たちに背を向けて歩き始めた。

「幸せだって、僕」
ね、と私の手に触れて総司さんが笑う。普段の飄々とした態度とは違い、二人きりになるとこうして甘えて来る。瞳に込められた愛情を読み取るのは容易で、同じ気持ちを込めて手を重ねた。

小春日和の今日。午後の優しい日差しはぽかぽかと私たちの身体を温めていく。風の匂いは春のものに似ているけれど、木々を見るとやはり秋。物寂しさを感じさせる。
総司さんは私の太腿に頭を乗せると、そのまま眠りに入ってしまった。脚に感じる重みが愛おしい。

京での新撰組の評判は、良いとは言えない。そんな新撰組とひょんな事から関わり始めた私が、総司さんとこういう仲になるには少し時間がかかった。
元々男性と関わる事はそうなかったし、『新撰組の沖田総司』は躊躇い無く人を切る極悪人だという印象があったから、怖くて近づけなかった。…勇坊と遊んでいる姿を見るまでは。
勇坊を通じて彼と話すようになり、会えば二人で話すようになり、やがて二人で会おうとするようになり…。いくつかの季節を二人で辿って、漸く『恋人』となった。


指から逃げるふわふわな雀色を梳いていると、総司さんが小さく身じろいだ。


秋だからか、ふと考え込む事が増えた。総司さんにとって、私は単なる足枷でしかないのでは無いか、と。
出会った時から、総司さんは「僕は近藤さんの刀だ」と、私に話してた。彼の生き方を見ると、その言葉の通りだと思う。
彼は、近藤さんの為に生き、近藤さんの為に強くなり、近藤さんの為に戦う。…そしていつか、近藤さんの為に死ぬ。彼の強さの源は「近藤さんの刀になる」という信念によるものだというのは、近くにいればすぐに分かるもの。

…それなら、私は総司さんに何が出来るのだろう。

生きる糧にも、強くなる理由にもなれない私は、総司さんとお付き合いする事で、総司さんに何が出来るのだろう。



僅かに風に揺れる長い睫は、陽に当たり、髪と同じ雀色。肌は女性のように白いのに、その手は大きく、筋張っている。…男性の手。


こうして静かな時を共に過ごせる。私には、それがとても幸せな事。この時間を得る為になら、何だって頑張れる。
…でも、総司さんにとってはどうだろう。私は、共に生きるに値する女なのだろうか。…いっそ、千鶴ちゃんのように一緒に暮らしている子の方が、総司さんの生きる理由に成り得るのではないだろうか。
毎日、そこまで考えて、頭を振る。もし、そうだったとしたら、きっと総司さんは私とお付き合いなんてしないだろうから。

違う。
そうでないと、悲しすぎるから、もう、それ以上は考えないようにしてる。

小さな溜息を吐くと、総司さんの目が薄く開かれた。
「名前?」
「ごめんなさい、起こしちゃいました?」
「ううん、大丈夫」
身体を起こす事無く、総司さんは伸びをして、私を見つめた。

「うん、やっぱり幸せ。寝起きに君の顔が見られるの」
「…もう、からかわないでください」
「からかってないよ」
総司さんの目が細められた。呼ばれるように総司さんの髪を撫でる。
「僕、名前に髪梳いてもらうの好きだな。安心する」
また目を閉じた総司さんは機嫌がよさそうに笑った。

「ねぇ、名前。そんなに深く考えなくて良いんだよ」
「え?」
翡翠が再び私を捉えた。透き通るような緑色は春の若葉のように光を吸って輝いている。
「名前は、僕の事、強いと思う?弱いと思う?」
「強いと、思います」
「本当に?」
総司さんは垂れた私の髪を、指先でくるくると弄ぶ。
「本当に、強いと思う?」
二度目の問いは、呟くように。総司さんの口角が上がっている。

「…強いと思います。でも、弱いとも思います」
私の返答に満足気に頷くと、総司さんの大きな手が、私の頬に触れた。
「そう。僕は強い。でも、弱い」
頬に触れた手は温かい。何度も鍛錬を重ねた結果、ごつごつになった掌は、優しく頬を撫ぜる。
「僕は負けず嫌いだから、沢山沢山努力して、近藤さんの剣になれる位までには強くなった。これからもずっと、近藤さんの為に戦うし、近藤さんの為に生きるよ」
総司さんの眼差しに力強さが宿る。風が総司さんの髪を攫っては逃げていく。次の言葉を待つように、私はその瞳を見つめた。
「でも、本当は分かってるんだ。僕にとって近藤さんは『絶対』だけど、近藤さんにとって僕は『絶対』じゃない、ってこと。ずっとずっと片想いしてるのと一緒。…勿論恋愛感情じゃないよ?でも、近藤さんが本当の心中を話すのは、僕じゃなくて土方さんや山南さんなんだ。これは僕が選んだ道なのに、僕はそれが悲しい。…でも、かと言って土方さん達みたいになりたいとは思えないんだ。だって、『近藤さん』ていう信念ではない物を僕が持ってしまったら、きっといつか近藤さんとぶつかると思うから」
私の頬に掌を当てたまま、親指で頬を撫でられた。
「僕は、近藤さんの心の支えには成り得ない。だけど、近藤さんの剣では有り続けていたい。そんな葛藤が僕の中でずっとぐるぐる廻ってた。これが、僕の弱さ。相反するものを心の内に留めているとね、どうしたら良いか分からなくなるんだ。…そんな時、君と出会った」

「名前、君がいてくれるから、僕は僕でいられる。近藤さんの剣でいられる」
総司さんがゆっくりと上半身を起こした。額を付けて、総司さんの腕が私の背に回る。
「怖い、とか、寂しい、とか、沢山の感情が僕の中にあるけど、名前がいてくれるから、僕はそういう気持ちに勝てるんだ。名前、君が僕の支えなんだ。普通に生活している中では何も不自由が無くても、いざ君の元にこうして帰ると、気持ちが凪いで、また頑張れる。君が僕を自由にしてくれる」
「総司さん、私そんな大それた事…」

「好きだよ、名前」

それ以上は聞かない、と言わんばかりに唇を塞がれた。

「君は?僕の事、どう思ってるの?」
口付に慌てて赤面している私に、追い打ちをかけるように総司さんが笑った。いつもの意地悪い顔で。
「私は、」
先を急かすように、親指で唇をなぞられる。近すぎる距離に今更心臓が大きく打って、また顔に熱が集中する。
だけど、私を必要だと言ってくれるなら、私が貴方に必要とされるなら、いくらだってこの気持ちを伝えられる。


「私も、好き、です」



私の大きな告白は、秋の空に飲まれた。







総司さんは、強くて、弱くて、優しい人。






-fin-


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