共生

「歳三様」
待ち合わせはいつも三条通りの茶屋。
あいつはいつも俺より先に入って団子を頬張ってる。暑い日も、寒い日も。
約束はいつも雨の次の日。手紙のやり取りなどはせず、雨が降った次の晴れの日に会う事になっている。
恋仲かと問われれば勿論そうだが、世の男女のような激しい感情を持たぬこの恋は、果たして本当に恋なのだろうか。

「半月ぶり、くらいですかね。中々雨が降らず、お天道様を恨む所でした」

相変わらず団子を目の前に嬉しそうに話す彼女は、今まで付き合ってきたどの女も持っていない朗らかな空気をいつも身に纏っている。
良い所のお嬢様、とまではいかないが、そこそこ良い生活をしているらしい彼女は、いつも淡い色の着物を身に纏い、俺が贈った簪を差す。

「まあ、あんまり雨ばっか降っても気分は滅入るだろうしな」
「ふふ、そうですね。雨だと沖田さんの悪戯も増えそうですしね」


一通りそうして話した後、少し二人で歩くのがいつもの事。
歩くにはちょうど良い季節。雲は一月前より高くなり、風も涼やかに吹く。手をつなぐ事もなく、俺の斜め後ろを歩く名前は、話しかけずとも、相変わらず春のような空気を持っている。
「大分涼しくなりましたね。夜の寝苦しさも無くなってきました」
「京は盆地で熱いからな…夏は暑くて冬は寒いってのは四季を感じられて良いが…」
苦笑して答える。蜻蛉も飛び始める季節。二人でこうして歩ける事がとても幸せだった。
副長という立場故、巡察に出る事が無い分他の隊士よりも死は遠い。しかし、この立場故、大きな捕物や戦が始まれば自ら隊を率いて奔走する。
いつ死んでも良いという覚悟がある反面、こいつにもその腹くくりをさせねばならないと思うと、いつも別れた方が良いという結論に至る。
幸福を感じれば感じる程、別れを強く思わせるとは、皮肉なものだ。

「歳三様」
陽がやや西に傾き始めた頃。
二人で川沿いを歩いていると、名前がおもむろに土方に声をかけた。
「何を、悩んでいらっしゃるのですか」
胸が、大きく鳴った。
振り返られずにいる土方に、名前の言葉は続く。
「歳三様は、私を何処の出身だと思っているのですか」
「名前…」
「江戸の女は、柔ではありません。もうとうに腹など括っております。歳三様の事情も、立場も、全て含めて想っております」
いつもの柔かな空気が、少し硬くなる。
しかし、名前の瞳を見れば、その硬さも熱を帯びている事が伺える。鳶色の瞳が僅かに揺れ、頬に朱が差す。
「これ以上、言わせないでください」
土方の瞳を真っ直ぐに見つめていた名前が視線を逸らし、川を見る。蜻蛉が何匹も飛び周り、川原に生える草が風に揺れていた。
名前の後ろ姿の向こうにその景色を見ると不思議に気持ちが凪いでいくのを感じた。首まで赤くなっているその後ろ姿に自然と笑みが零れる。
ゆっくりと名前に近付くと、後ろから抱きしめた。秋だというのに春のような香りがした。
「悪かった」
その首筋に顔を埋める。頬に当たる髪が擽ったいが、心地よい。
「死ぬ覚悟は出来てるんだ、いくらだって。だが、お前にその覚悟を背負わせる覚悟が、出来なかった」
「歳三様…」
抱き締めた腕に名前の手が添えられる。ややあってから名前も口を開いた。
「怖かったんです」
名前の指に力が入る。ゆっくりと深呼吸すると、そのまま名前は続けた。
「いつか来るかもしれない死の為に、この関係が終わってしまうのではないか、って。雨は待ち遠しいけれど、その次の晴れの日に、もし歳三様が現れなかったらって…」
声がか細くなり、震えている。堪らなくなって、正面を向かせるとそのまま強く抱き締めた。首に額が当たる。白くてまるい、幼子のような額。
「名前…、ずっと、不安にさせて、すまなかった」
文も何もない、雨の次の日の約束。どれだけ不安にさせたのかと考えれば考える程、自身の胸も締め付けられた。
一度体を離すと惜しむように名前の手が土方の腕に触れる。土方は懐から小さな包みを出すと名前に差し出し、その手に包ませた。
伺うような視線を向けた名前に、土方は頷くと、そっとその包みを開く。
「これ、」
「一緒にいよう。名前」
「歳三、さま…!」
名前の瞳からはぽろりぽろりと大粒の涙が頬を伝って落ちる。
「もう半年以上前に買ってから、ずっと渡せずにいたんだ。次こそ、次こそ、と思ううちに今日になって…仕舞いにゃお前にあそこまで言わせちまって…」
「歳三様…」
「愛してる、名前」

名前はそれ以上何も言えなくなり、再び泣いた。
泣きはらした雨の夜が嘘のように、幸せな涙だった。

「共に生きよう」


求めるのは、共に生きる事。








2013/8/29
疋た様へ
懺悔は後ほどお送りしますorz


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