モテ期の天の邪鬼

モテ期なんて意味がない。好きな人に好かれなきゃ、意味がない。
どうでもいいのに、無碍にできない相手に好かれてしまうと手を焼く。悪い噂を流されるのも嫌だし、他の交友関係に支障をきたすのはもっと嫌。これが、友達の好きな相手だと最悪だ。気を使う相手が増える。

だから、なるべく“そういう”雰囲気にならないように、二人だけで食事をすることは無くなったし、出会いや交流を目的とした食事会も行かなくなった。
それでも、言いよってくる人がいる。普通に仕事をして、必要最低限の挨拶と社交辞令を忘れないでいるだけなのに。いっそ「誰とでも付き合う尻軽女」キャラになろうかとも考えたけれど、普通に考えれば今より言いよってくる人が増えるし、しかもそういう相手はそれこそセックス目的の脳みそ下半身男どもだ。プライドを傷つけたら報復に遭いそうだから、それもできない。
となれば、無愛想だと言われるほど大人しくなるしかない。特に会社では、女性社員が少ないということもあって、大人しくせざるを得ない。

「苗字さん」
「はい」
「明日のミーティングの資料、さっきの打ち合わせで決まった新商品の件、決まった所まで盛り込んでおいてもらえますか?」
「かしこまりました」
「よろしくおねがいします」
上司の山南さんは、物腰柔らかで、明敏だから、私のこの態度の意味も理解してくれているようだ。他の男性社員に食事に誘われてどう断ろうかと黙り込んでしまった私を見て助け舟を出してくれたこともあった。

再度PCに向かう。共有フォルダの中から前回の定例ミーティングの資料を探し出しローカルにコピーして作業を始める。デュアルモニタの左側をブラウザやツール、右側を資料作成のオフィス系アプリを使うのが私のやり方。
社内システムを開いた所で全社スケジュールが目に入る。
「そういえば、明日、京都オフィスから一名うちに異動される方がいらっしゃるんですよね」
ぽつり、と呟くと、向かいの席の藤堂君がモニタの上にぴょこりと顔を出した。
「そーそー!明日から左之さんこっち来るんだよなー!」
「藤堂君は京都にいた頃原田君よく一緒に仕事をしていましたね」
「俺も左之さんも、新卒から配属が向こうだったし…山南さんも左之さんと被ってたんだっけ?」
「ええ、1年ほどですが一緒に働いていましたよ。見た目から受ける印象よりも誠実で優しく、それでいて男気のある部下でしたね」
「明日からまた一緒に働くのかー。楽しみだなあ」

いつの間にか話題を振った私よりも、一緒に働いていた二人がよく話すようになった。
二人の話からして、悪い人ではなさそうだ。藤堂君は曲がったことの嫌いな人だし、山南さんは前述の通り。とりあえず変なことにはならなそうだと心の中で安堵の息を吐いたところで「うぬぼれすぎ」と、もう一人の私が笑った。
午後の日差しが大窓から差してきた。時計を見ると午後3時を回ったところ。席を立ち、ブラインドを閉める。モニタに反射して、しごとがしづらいのだ。

「苗字君」
「はい」
「今週金曜あけられますか?みんなで原田君の歓迎会をやりましょう」
「かしこまりました。…お店、探しておきますね」
「助かります」

山南さんの目が細められる。席に戻ると、先ほど受けた指示通りに資料を作りはじめた。









「はじめまして、京都オフィスから異動になりました原田左之助です。京都では法人営業部で3年営業の経験を積んだ後、企画室に異動となり、商品企画を主として行っていました。生まれは都内なので土地勘はあるのですが、仕事の仕方が違ったりしたらご指導ください。よろしくお願いします」
赤みがかった髪に色の薄い瞳、白い肌。全体的に色素が薄い割にがっしりとした体つきをしている。…チャラい。
朝礼で前に立ち挨拶した彼に拍手を送りながら、昨日の山南さんの言葉を思い出していた。


『見た目から受ける印象よりも誠実で優しく、それでいて男気のある部下でしたね』


誠実、ね。
ネイビーのストライプスーツに真っ白のシャツ、赤いネクタイ、グレー系の革靴。タイピンは恐らくグッチだ。長めの髪をジェルでまとめているから、スーツとタイの色を変えてとんがり靴にしたら完全に「夜の人」。
見た目で人を判断してはいけない、って幼いころから言われていたし、昨日話もあったとおりいい人なんだろうけど。でも、この人は『雄』のにおいがする。隙は見せられない。見せたら、付け込まれそうだ。溺れさせられそう。
挨拶を終えて人事部長の隣に戻った彼を目で追いながら「絶対近づかない」と心に誓った。


「苗字、さっきのミーティングの資料で元にした数字って出してくれるか?」
「はい、メールでパスをお送りするので、そこから飛んでください。1つのフォルダにまとめておきます」
「助かる」
朝の挨拶からまだ5時間しか経っておらず、山南さんも「まずはこのチームの感覚を掴むところから」と言っていたのに、原田さんは早速数字のチェックや言葉の定義の確認を始めた。
てっきり全部藤堂君に質問するのかと思ったら、藤堂君は仕事が詰まっているし、ミーティング資料作っているのは私だし、ということでミーティングが終わってからよく質問されるようになった。
「苗字、悪いんだがこの資料って過去分あるか?」
「はい、フォルダの階層1つ上に行けば過去分の他のフォルダに入れます」
「わかった」

結局、原田さんは初日から現状把握に努め、数字集計・加工・分析を担っている私は、彼の質問に1つ1つ答える形で、異動初日にして彼と一番話す人になってしまった。







「それでは、原田君の活躍を願って、乾杯」
「かんぱーい!」
金曜午後7時。予約したお店で予定通り原田さんの歓迎会が開かれた。上座に山南さんと原田さん。一番下座に私。チームは10人制だけれど、私以外に女の子はいない。いわゆる「リケジョ」だったからここにいられる。…数字を出して加工して読み取る事に抵抗が無いし、私情も挟まないから。
人数が少ない上、以前山南さんが「お酌はしなくて結構ですよ。私は君の上司であって、客ではないんですから」と言ってくれたおかげで、特に多く気を回す必要が無くなった。上座は山南さん、原田さん、藤堂君の3人で話していて、上座側の人たちはその話に耳を傾けながらお酒を飲んでいる感じ。
残りの下座4名は最近の仕事の話をしながら、いつも通りの「飲み会」をしていた。
「そういえば苗字さん、最近彼氏と別れたんだって?」
「誰情報ですか、それ」
曖昧に笑って返すと、他の同僚が言葉を続ける。
「え、マジで?いつ?」
「3、4ヶ月前だったと思います」
「おー!てことは完ぺきフリーなんだ!」
「…まあ。あ、でもしばらく恋愛はいいかなって」
角が立たないように、でも、期待はさせないように。慎重に言葉を選びながら、話題を他の方向にズラす。
「それより今、何か習い事しようかなーって思ってるんですけど、何かおすすめありますか?」
「おすすめねー。習い事する目的によるかな。ほら、スキルアップしたい、とか、趣味を作りたい、とか、理由はいろいろあるじゃん」
「んー…単純に楽しく時間をつぶしたい、ですかね」
彼氏と別れて、だいぶ時間にも心にも余裕ができた。時間を彼氏に取られる度、自分の時間が減っていってしまって、それがストレスだった。時間も、心も、彼に注がなくてはいけないことがストレスだった。
「ハハッ、それなら、それこそ彼氏作ればいいじゃん。楽しいしお金かからないし」
「お金かかりますよー。好きな人できるといろいろ手抜きできなくなっちゃうじゃないですか」
笑いながら交わそうとしたところで、別の同僚が口を開く。
「あ、苗字さんってもしかして尽くすタイプ?」
「いや、そんなことは無いんですけど、好かれ続ける為の努力はしなくちゃいけないかなって」
「おー。素晴らしい。俺の彼女なんて、付き合い始めてからどんどん太って今多分付き合い始めから服のサイズ2つは変わってるんだよ」
社内でもそこそこかっこいいと思う同僚が笑いながらエピソードを話してくれた。
そう口では言っているのに、ものすごく幸せそうに笑うから、『ああ、彼女のこと大好きなんだな』と心が和らぐ。
「そう言って、彼女のこと大好きなんじゃないですか?」
「そりゃもー愛してますから!」
「ゴチソウサマデス。あ、すみませんちょっと席はずしますね」

これ以上恋愛話の場にいられない。逃げるように席を立ち、女性用の化粧室へ向かった。

不思議と、席を外れると涼しい。お酒がそこそこ回っていたらしく、頬にあたる冷たい空気が気持ち良い。居酒屋にしては拾いお手洗いでヨレた化粧を直し、鏡に映った自分の顔をじっと見つめてみる。
見飽きるほどに見た、いつもの顔がそこに映っている。小さい頃から殆どパーツは変わっていないはずなのに、矢張りもう「大人」の顔をしている。時計を見るとお開きまであと1時間弱。そろそろ恋バナも終わっただろうか。化粧ポーチにマスカラを入れて、化粧室を出た。
細い廊下をまっすぐ歩こうと前を向いたところで、見覚えのある赤が目に入る。
「原田さん。…お手洗いですか?この先の男性は右手です」
「あーいや、戻ってくるの遅かったから何かあったかと思って」
「あれ?そんな時間経ってました?すみません、ちょっと化粧崩れてたのでそれを直してたら時間かかっちゃいました。ご心配おかけしました…戻りましょ?」
化粧直しをしたばかりだというのに、どこか崩れてしまっている気がして、まっすぐ原田さんの顔が見られない。お酒が急に回ってきたのか、顔が熱くなる。
「苗字、」
「…はい?」
横をすり抜けたところで呼び止められた。曖昧に笑いながら振り返っると、原田さんが真っすぐにこちらを見ていた。
「原田さん?」
「もし違ったら悪いんだが…。俺、お前に何かしたか?」
「え?」
「いや、もし何かしちまって不快にさせたなら謝ろうと思って。苗字、俺のこと避けてるだろ?…いや、避ける事が悪いんじゃなくて、その原因が俺にあるなら解消しないと…一緒に仕事していく上で良くねえなと思って」
「…」
あまりに真面目に言うものだから、何も返せない。確かに「近づかない」ようにはしていたけれど避けているつもりはなかった。短めの眉が困ったように垂れる。
「えっと、すみません。何もないです。避けてるつもりもなくて…」
「当人に言いづらけりゃ山南さんに言うとかしてくれて構わねえから…。ただ、俺はお前と仕事したいんだ。まだこっち来て数日だが、苗字の数字の見方や考え方が面白くて…」
途中まで喋ったところで、原田さんが急に黙り込んでしまった。「あー」だの「違う」だの言って。
「原田さん…?」
そろそろ戻らねば他の人が心配するかもしれない。ましてこの会の主人公が長時間席を外すなど。
「苗字。この後二次会なかったら飲みなおさねぇか?」
「え?」
「嫌ならいい。無理に誘うつもりは…」
「いきます」
原田さんの目が大きく開かれる。ああ、この人こんな顔もするんだ。開かれた目が、今度は目じりに力が入り、やさしい弧を描く。
「これ、俺の番号。解散した後、気が向いたらかけてくれ」
「わかりました」
胸ポケットから、メモ帳を出すと、シルバーのペンで番号を書いて、渡してくれた。
「じゃあ、後でな」
「…はい、」


顔が、熱い。そんなに飲んでないし、さっきまで涼しかったはずなのに。
なに、これ。


顔の火照りが取れないまま、私はもわりと暑い、席に戻った。












-----------------------------


つづくかも?

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -