白い骨の夢

※ヤマなしオチなしイミなし。色々注意。


幼い頃テレビで見た、葬儀が終わり、お骨になって帰ってきた子供と、その母親。深夜、その母親がおもむろに骨壺から子供の骨を一欠片取り出し、口に含んだ。そして、ぱたぱたと涙を落として、泣いた。
衝撃的だったし、意味がわからなかった。ただただ気持ち悪いと思った。




名前を見て、ふと、そのドラマを思い出した。



「総司?」
「あ、ごめん。何だっけ」
「もう。来月の連休旅行行こうって言ったの総司なんだから、大事なとこで考え事しないでよ」
「ごめんごめん」

手近なカフェで買ってきた雑誌を開いた名前が、口を尖らせた。
来月の連休に、2人で旅行をする約束をしていて、大体の場所は決めたから、ホテルやどこを巡るのかの相談中だった。

「疲れてる?まだ時間はあるし、今日はもう帰る?」
「疲れてるわけじゃないんだけど」
そう。疲れている訳じゃない。いつも通りの時間に昨日は寝たし、仕事が詰まっている訳でもない。でも今朝から、あのシーンが頭に何度も巡って、少し参っている。嫌なものほどよく思い出すらしい。

「大丈夫?」
「大丈夫だよ。ただ、昔見たドラマのシーンが、今朝から何度も頭に過ってて…。
少し気持ちの悪いシーンだったから、それで参ってるみたい」
「グロい系?」
「…うーん…人によって感想が変わるシーンだと思う。当日の僕にとっては理解できなかったシーンだし…女性とか、特に子供のいる女性なら、感動するシーンだと思う、かな」
「そっか」


名前はそれ以上何も言わなかった。代わりに、目の前に置いていたカフェオレを飲んで僕に笑いかける。

「1人でいるのと、2人でいるのと、どっちが気がまぎれる?それによって今日はこのまま分かれるか、このまま2人でいて場所を変えるか決めようよ」
こういう時、名前は無理強いしない。おそらく、本当にどちらでも良いのだろう。名前自身も多忙な日々を送っているからこそ、やりたい事も溜まっているだろうし。
また、あのシーンを思い出す。白く細い指が、真っ白な骨を一欠片摘む。そのまま、血色の薄い女性の口元に寄せられる。そこで、不健康に青白い女性がぱたぱたと涙を落とした。
そこでハッとした。骨を食み、泣いているのは…名前だ。




「1人になろうかな。このままいても名前に心配かけちゃいそうだし」
「そう?私は全然構わないんだけど…。でも、総司がそうしたいなら構わないよ。落ち着いたらまた連絡してね」
それだけ言って、名前は残りのカフェオレを飲み、バッグを手に取った。同じように僕もミルクティーに口をつけて、席を立つ。


「もうすっかり冬だね」
「マフラー使う?」


暖房の効いた屋内から外に出ると、頬を刺すような冷たい風が名前の髪を攫った。彼女の返事を聞かないまま、付けていたマフラーを名前の首にかける。名前は僕のマフラーに顔を埋めると、涙袋を押し上げて、笑った。

「本当、出会った頃からは考えられないくらい、総司って優しいよね」
「それ、どういう意味?マフラー返してよ」
「やーだ。そういう所、すごくいいなっていつも思うよ。他人に入り込みすぎないのに、お互いがそれを許した人にはどこまでも甘い。ある意味、左之先輩よりヤリ手かもね」
「褒めてるのか貶してるのかわからないよ。それ」
名前は更に笑みを深めてマフラーをしっかりと巻いた。猫のようだと評される僕よりも、ずっと自由な名前。何を考えているのかわからない時もあるから、不安になることもある。でも、不思議と僕が不安になった時には必ず横にいてくれるのも名前。そして時折見せるその不安気な表情が僕の心を掴んで離さないのを、名前はきっと知らない。

自由で、気ままで、好き嫌いが態度に出る。そんな素直な名前の近くにいると、肩肘を張らなくて良いんだと、僕はいつも安心していた。



「じゃ、またね。体調良くなったら連絡くれたら嬉しい」
「わかった。多分夜電話するよ」
「うん」
「じゃあ、」
「あ、総司」

一歩、違う方向へ足を向けようとした所で名前が何かを伝えようと、一歩僕に近づいた。


「どうしたの?」
「あ…えっと」
「何?」
「ううん、なんでもない。急ぎではないから…また次に会う時に話すね」
「そう?…名前がそれで良いなら良いけど」
うまく笑いきれない頬を無理やり引き上げて、名前が笑った。
「うん。大丈夫。どうしても話したくなったら連絡する」
「わかった。じゃあ、またね」
「うん。バイバイ」

名前にこれ以上言っても口を割らないと判断して、帰り道に向け一歩目を出す。確かに風が冷たい。頭の中で何度も再生されるあの映像は、冬なのだろうか。それとも、暑い暑い夏だったのか。いずれにせよ、何か集中できる事をして気を紛らわせよう。
そう思って、家ではなく近藤さんの家の方へ足を進めた。
今日は日曜だから外出されていないようであれば、稽古をつけてもらおう。
そう考えるだけで、少し気持ちが楽になった。軽くなった足取りで、近藤さんへのお土産にと和菓子屋へ入った。







「ありがとうございました」
「いやー、総司は相変わらず強いなあ!本気でやっても敵わないとは!」
近藤さんが大きく笑う。良い汗をかいたおかげか、頭の中からあの嫌な映像は消えていた。
「総司、今日は夕飯うちで食べていくだろう?」
「いえ、今日は約束があるので…せっかくお誘いいただいたのにごめんなさい。あ、でも明後日ならあいてるので…久しぶりにお邪魔しても良いですか?」
「もちろんさ!総司が好きなものたんと作るよう言っておこう!」
「じゃあ僕も、美味しいお菓子とお酒、持ってきますね」


稽古着から着替えたところで、携帯が点滅している事に気付いた。フリックすると、通知画面。「メール一通 from名前」

メールの内容が気になったものの、昼の名前の様子からすると、多分ゆっくり読んだ方が良いだろう。近藤さんにもう一度挨拶をして、急いで家に帰った。

稽古後に走ったせいで、足がとても重い。
リビングに一旦鞄を置いて、ソファに腰掛けて携帯を手に取った。
何を、言おうとしたんだろう。
旅行を楽しみにしている事を考えると、別れ話ではなさそうだ。でも、深刻そうな顔をしていた。思い当たる事が無くて、心の準備もままならないまま携帯のロック画面をフリックした。すぐにメーラーが立ち上がり、未読メールが勝手に開かれる。




from 名前
title no title
本文





「あれ?」
確かに名前からメールは来ているけれど、本文には何も書かれていない。受信時間を見ると16時32分。分かれてから1時間した頃…今から1時間前だ。送り間違えだろうか。だとしても、送り直すのならもう届いている筈だし。一旦電話をかけようと、通話履歴を辿っているところで携帯が震えた。知らない番号からだ。出るかどうしようか悩む。けれど、携帯電話の番号だから、出た方が良いのか…。逡巡の末、「通話」のボタンをタップした。



「もしもし」
「もしもし」
聞こえてきたのは、聞き覚えの内容男の声だった。恐らく年は50か60くらいの男。悪戯電話ではなさそうだ。もしもし、の声が硬い。だとしたら間違え電話か。正直少し面倒だ。今は名前のことが気になって仕方ないのに。

「あの、どちら様ですか」
「君は、沖田君…沖田総司君、でいいのかな。私は、苗字と言います。名前の、父親です」
「え…と、はじめまして。失礼しました。どうかなさったんですか?」
思いがけない電話相手に、驚いた。しかし昼の名前の様子からから、名前の親の電話だとしたら、本当にどんな重要な話なのだろう。口元が強張るのを自覚しながら、その次の言葉を待った」



「落ち着いて聞いてほしい。名前が、」


















全身の力が抜けて、携帯を落としそうになった。
何も言えない僕に向かって、涙を堪えながら必要な事を伝えてくれた名前のお父さんにお礼を言って、通話を切る。時計を見ると 5時43分。
ともすれば座り込みそうになる足を踏ん張って、荷物を持って外に出た。









名前、待ってて。まだそこにいて。














「はぁ、…はあ、はあ…」

















「名前」
夢中で走った。
頭の中では、そんなはず無いっていう声と、まさか、という声と、果てしない絶望に飲まれようとしている自分とがぐちゃぐちゃとお互いに何かを主張し合っていて、結局何も考えがまとまらなかった。名前のお父さんに教えられた病院は、家から車で20分程の大学病院。一旦街中まで出てタクシーを捕まえたけれど、休日の夕方は道が混んでしまって、進まない車たちに苛ついてタクシーを降りた。そこから形振り構わず走り続けて、病院に着いたのは18時20分を過ぎた頃だった。
救急治療室のすぐ目の前に、初老の夫婦がいるのが目に入る。何度か写メで見たことがある…名前のご両親だった。



「、遅れて申し訳ありません…」
「沖田君だね」
「はい」

青白い顔をした名前のお母さんは祈るように手を組んで額に当てていた。もう涙は枯れてしまったのだろう。幾筋もの涙の跡が頬に残っている。恰幅の良い名前のお父さんも、窶れているように見える。二人の状況から、容易に未来が想像出来てしまうことが、悲しかった。
黙って、3人でソファに腰掛ける。どうしたら良いのか。どうしたら。どうしたら名前は助かるのか。名前。君に会いたい。名前、名前。
















けれど程なくして現れた医師の表情から、僕の願いは届かなかった事を知った。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -