白昼夢

「総司さん」

すう、と、意識が透き通る。深い深い、灰の沼の底から足を引かれているような息苦しさと身体の重さが、引く。
身体を横たえたまま、声のした方に顔を向けると、朗らかに笑った彼女がいた。僕の元へ寄ってきて、畳に腰掛ける。夏の日差しがまとわりつくように、暑い。名前ちゃんは団扇を手にして、僕を仰いだ。

「今朝、朝顔が咲いたんですよ。だから、押し花にしようと思って。綺麗にできたら、総司さんにも差し上げますね」

僕の方を見る名前ちゃんに精一杯微笑むと、彼女も同じ笑みをつくる。泣きそうな、でも優しい顔。

「総司さん」
「…どうしたの、」
「いえ、なにも」

曖昧に笑う彼女の、そのうつくしさは、一体どれだけ汚したら消えるのだろう。灰の沼に溺れようとする僕と、澄んだ水源のような彼女と。僕は、もっと君の近くにいきたいのに。相変わらず君は綺麗なままで、僕はどんどん沈んでいく。

そんな顔しないで。悪いのも、手遅れなのも、僕だけだ。君は相変わらず綺麗なまま、一度踏み外しかけた足を、すぐに…そう、明日にでもまた元の道にでも戻せばいい。



「総司さん」
君は綺麗過ぎて、触れられない。触れた瞬間に、僕はきっと消えてなくなってしまう。だって僕は、灰だ。なにも、本当に何も残っていない、灰だ。近藤さんの為に戦えなくなった身体。きっと、もう先に天にいる近藤さん。僕の生きる意味なんて何もない。
それなのに、君を欲しいと思った。京にいた頃に君のことを思い出す事なんて無かったのに。それなのに僕は、君が欲しくて欲しくてたまらなかった。


「総司さん」
理由なんて、わかりきってる。名前ちゃんは、僕の持っていないものをもっている。それが羨ましかった。君を手に入れればそれを手に入れられると思った。愛されてるという実感が、欲しかった。無条件に僕を受け入れてくれる君が、愛しかった。大切だった。守りたくなった。でも僕は、守られていた。それすらも嬉しいと、心地よいと思った。愛しかった。



「総司さん」





でも、もう全部終わりだ。



「きみは、ぼくがきらいだ」




一息吸うと、さあ、と、色々な景色が流れた。





さいごに見えたのは泣きそうな名前ちゃんの、きれいな微笑みだった。

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