夜明け前に触れる指
絡まる指が、愛しい。
ゆっくりと浮上した意識。目を開いても、まだ暗い。もう春になるとは言え、朝は冷えるらしく、鼻が冷たい。
少しずりさがっていた布団を引っ張り、肩まで入る。「ぬくもり」という言葉がこれほどしっくりくる環境が他にあるだろうか。
枕元に置いていた携帯で時間を確認すると、まだ3:40。朝起きるのは6:45だから、まだ3時間以上ある。携帯のモニタを消して、寝返りを打てば、隣で眠る名前の髪が僕の鼻を掠めた。
「ん…」
寝返りを打ったからスプリングが揺れた。僕に背を向けていた名前が、寝返りを打ってこちらを向く。起こしてしまったかと思ったけれど、単なる寝返りだったらしい。そのまま再び寝息を立て始めた。
「…」
起きないとわかっているから、手を伸ばす。後ろから見ると背中の真ん中くらいまである名前の髪は、いくら寝返りを打っても絡まない。本人は髪を巻きづらいから嫌だというけれど、触る方からすれば、今のままで十分だ。空気に触れて冷たくなった髪が、指に触れる事で温かみを持つ。
出会った頃からずっと肩につく程度の長さまでしか髪を伸ばさなかった名前が、ここ1年髪を伸ばし続けている理由に心当たりがある。名前はその理由を明確に口にはしないけれど、その日を待ち遠しく思っているのは、丁寧に髪の手入れをしているのを見ればわかる。
いつだって元気で、前向きで、明るくて、誰にでも優しくて、負けん気が強くて、頭も悪くはないのに少し抜けてるところがあって、実は凹みやすい。そして、僕のことが大好き。
こんなこと起きてる君に言ったら、きっと真っ赤になって慌てるんだろうけれど、絶対に否定はしない。
だって名前は、よほどのことが無い限り、僕に嘘を吐いたりしないから。
僕が何度名前の事を裏切ろうとしたって、名前はまっすぐに僕のことを受け止めて。…でも僕はいつだってそんな名前に甘えて、傷つけてきた。
謝ると怒って、お礼を言うと赤くなって怒る。
僕が天の邪鬼だった所為で、一度とても傷つけてしまったことがあった。でも僕は、そんな僕でも受け止めてくれるんじゃないかって、また笑ってくれるんじゃないかって、頭のどこかで名前を求めて、期待していた。わかっていた。
名前は案の定、僕を受け入れてくれた。沢山の傷を負いながら。
こんなこと、かっこ悪くて絶対に言えないけれど、僕にとって名前は、大切な人であって、僕のヒーローでもある。…絶対に、言わないけど。
小さい頃から隣にあったこの寝顔は、確かに少し大人びたようにも見えるけれど、本質は変わらない。すう、すう、と規則正しい寝息を立てて無防備に瞼をおろしている。
「名前」
名前を口にする度に愛しくなる、なんて言ったら、君はどんな顔するかな。
枕ごと、少し名前に近づけば、僕より少し高い体温が僕を迎えてくれた。好きだよ、名前。
もう、ずっとずっと前から名前の事が好きで好きでたまらないんだ。君を好きになって10年以上経つっていうのに、形を変えて想いはどんどん膨らんでいく。
最初は、僕のことを見て欲しかった。僕のことを男として見てほしいと思った。その次は、名前のことが欲しくなった。君が僕の事を好きで好きでたまらなくなればいいって、そう思った。でも今は、君がもっともっと幸せになればいいと思ってる。僕の隣で。僕と一緒に、幸せになってほしいって、思ってる。
「名前」
僕を選んでくれて、ありがとう。
たくさん傷つけてきたけれど、これからたくさん幸せにするから。
だからどうか、僕と一緒に生きて。
「名前、好きだよ」
寝ている名前の額に、唇をあてた。
少しだけ、身じろぎしたあと、名前の口元がほころぶ。
「好きだよ、名前」
触れた指に、やわらかな力が入り、名前の指が僕のそれと絡まる。
これだけのことが、どれだけ僕を満たしてくれるのか、きっと名前は知らない。
「おやすみ、」
相変わらず気持ちよさそうに寝る名前の背に腕をまわして、僕は再び瞼をおとした。
-fin-
grassIF的ななにか。