海の果てに明日を見る

ハネムーンは王道のハワイでもヨーロッパでもなく、輝く海に囲まれたモルディブになった。
私も総司もそこまで物欲がある訳ではなく、それよりも二人でいる時間を大切にしたいと思ったから。空港で降りてから、更に船で移動をして、コテージのある島に足を下ろす。事前に知っていたとは言えいざ水上コテージ内に入るとガラス張りの床から見えるエメラルドグリーンの透き通った海に息を呑んだ。
それは総司も同じだったようで、一瞬無言になった後、ふ、と笑って私の頬に口付た。
「ようこそモルディブへ。僕のお嫁さん」
いつもの少年のような笑みを浮かべて、総司が部屋の中に進んで行く。倣ってその後に続くと天蓋付きのベッドに赤い花びらが散らされていた。パンフレットで見た光景にまた笑みが零れる。
「名前、ここから海に出られるみたい」
部屋の奥、大きなガラス張りのドアはそのまま左右に開け、藤編みのような椅子とローテーブルが置かれている。その先は、水平線の見える海。視界180度全て海。手前の明るい色から、空に向かって段々と深みを増すそれは、本当に日本と繋がっているのか疑問に思う程綺麗だった。
「うわあ…!」
大きな絵を見ているような、まるで現実離れしているその光景に思わず感嘆の声が漏れる。
「すごい、すごい綺麗だね、総司!」
「そうだね、ここには3泊だっけ?」
「うん、その後別の島のホテルで4泊!」
「ならゆっくりできるね」
するり、と総司の腕が腰に回った。いつまで経ってもこういう接触には慣れない。身を固くする私を更に引き寄せて総司が笑った。
「僕たちもう夫婦なんだし、そろそろ慣れたら?」
「…っもう、からかってるでしょ」
「ううん?本音だよ」
総司は私の首元に軽く口付ると腰に巻いていた腕を解いた。そして部屋に入り、花びらだらけのベッドに仰向けにダイブする。見た目よりしっかりとしたその身体を受け止めたベッドは赤い花びらを舞わせて、総司を抱き締めた。






すうすうと規則正しい寝息を立てて、大きな猫が私の横で眠っている。数年前初めて一緒に寝た時はうつ伏せ寝だったのに、いつの前にか仰向けか、此方を向いて寝る事が増えた、猫。
自由奔放で、束縛が嫌いなのに、たまに此方が驚くくらい甘えてくる。危なっかしいから私が一緒にいなくちゃ、と思っていたのに、いつの間にか彼に守られていた事を知った。
何度も傷つけて、傷ついて、不安になって、それでも総司を欲しいと思った。この人が欲しい。例え何もかもが手に入ったとしても、私はいつまでも総司を欲してる。苦しいくらいに、総司が好き。
「…ん、」
仰向けで寝ていた総司が此方に身体を向けた。閉じられた瞼に髪と同じ雀色の長い睫が規則正しく並んでいる。寝顔のあどけなさは幼い頃の、学生の頃の総司を思い出させる。爪を研いだ野良猫のような、危なっかしい、愛しい人。
「総司」
起こさないよう小さな声で囁いた名前は、それだけで愛おしくなる。ゆっくりと柔かそうな髪に触れると、意外とその髪が固いことがわかる。そう、総司は男の子なんだ。私とは違う。
私が知らない間に、一体どれだけの女の子と付き合って、どれだけの女の子に子の寝顔を見せたの?総司、その唇に触れたことがある子は皆総司の事が好きだったのかな。ねえ、総司。あんな過去の事にさえ、私嫉妬してるんだよ。いつだって総司の中には私しか居なくていい、なんて傲慢な事考えてる。ねえ、総司知ってる?私すごく我儘で欲張りなの。こんな子がお嫁さんだって知ったら、総司幻滅する?ねえ、好きだよ。総司。好き。
心の中の告白は止まらない。好きという気持ちがマイナスに動いているのに、それでもどんどん膨らんでしまって、総司が好きで好きでたまらない。触りたい。近くにいたい。ねえ、総司。抱きしめて。そっとキスしてよ。ずっと側にいて。隣で息をして、ずっと私と生きてよ。
「…名前?」
「ごめん、起こしちゃった?」
髪を梳いていた手を退かそうとすると、その手を総司に捕まれ掌に口付られる。きらり、と左手のリングが光った。
「大丈夫。…それよりどうしたの?」
「え?」
総司は私の手を離すと、そのまま私の髪を耳にかけ、頬を撫でる。
「なんだか、思いつめてる顔してる」
「そう、かな」
「言えないなら無理には聞かないけど…ほら、おいで?」
少し身を起こして、総司が此方に手を伸ばした。躊躇いがちにその手を取ると、そっと引き寄せられる。総司の首元に顔を埋める形で落ち着くと、二人の体温で温まったシーツが心地よく感じられた。
「ありがと、総司」
「名前」
「なに?」

「大丈夫だよ、僕の中には今までもこれからも、ずっと名前しかいないから。しわくちゃになっても一緒にいられるように、僕は君と結婚したいと思ったんだ。名前は僕にとってずっとずっと憧れで、ずっとずっと大切な人なんだよ」

急速に涙が溜まるのがわかって、何も言えない。一言でも声を発してしまったら、とめどなく溢れてしまう事が容易に想像できる。これ以上、総司を困らせたくない。それなのに、総司は私の顔を覗き込むように頬を包んで視線を絡ませた。
「好きだよ、名前。ずっとずっと、僕の隣にいてよ」
私が何か言うより先に、唇が優しさで塞がれた。そのままもう一度総司の胸に抱かれ、髪を撫でられる。何度もそうして繰り返し撫でられるうちに、だんだんと心の中の愛しさが溶けて、温かくなった。



心地良い眠りにつく瞬間、確かに総司が何か言ったような気がするけれど、それは明日訊こう。2人で生きていく時間は、気が遠くなるほど長いのだから。





-fin-

poolその後if的な要素もあります。

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