おひるごはん

総司は、ずるい。
いつだって余裕かまして、つかめなくて、それでいて私のツボをおさえてくる。
片想いだっていうのにこれじゃあ、いつかお付き合いなんてしたら、それこそ私の心臓は壊れちゃうかもしれない。

「名前?」
そんな私の気持ちなんて露程も知らないこの男は、いつもと同じように私の前の席に座り(いつもの事なので前の席の子は昼休みになると席を立つ)、コンビニの袋を私の机に置いた。
「…またコンビニのパン?」
「名前が作ってくれるなら、コンビニ食じゃなくなるんだけどな」
「なんで私が総司のお昼まで作って来なきゃいけないの」
とは言っても、作れと言ってくれればいくらでも作っちゃうのが乙女心。なんだけど、実はお弁当はお母さんが作っているから、実際に総司に頼まれたら恥を忍んでお母さんに正直に全てを話すしかない。例え、1ヶ月彼のことを訊かれ続ける事になろうとも。
メロンパンを齧っていた総司が、私のお弁当に手を伸ばす。取られたのは、お弁当のメインともいえるから揚げだ。「もう、」と怒ってみせると「甘いもの食べてると塩辛いもの食べたくなるよね」なんて、俺様理論をぶつけてくる。勿論、それに反論したところでからあげは返ってこないから、それ以上お弁当が奪われないようにお弁当を手に持って食べる。
「だいたいさ、そんなに手作りのお弁当が食べたいなら自分で作れば良いじゃない」
「嫌だよ、朝苦手だもん」
これまた俺様理論。いつだって総司は、自分の思い通りに物事が進むように人を動かす。それが許されるのはきっと彼の天性の才能だろう。…私の場合は惚れた弱み、と、なるのかもしれない。

そもそも、総司はモテる。それはそれは、1年から3年まで総司を狙う女子生徒は掃いて捨てる程にいる。声に出さないだけで、密かに想っている女子も多い。文武両道なのにそれを鼻にかけず、口も軽い。気軽に話せるのに、飄々としていて本心が掴めない。そういう所が、たまらなく女子の心を掴むのだろう。かく言う私は、総司が偶に見せる真剣な表情と、甘えた時に見せるずるい笑顔に心惹かれてどうしようもないのだ。
だのに、どうにも私はひねくれているらしい。こうして自分を特別扱いしてくれている(ポジティブすぎるだろうか)のに、「どうせ私は相手にされていない」「女子として見ていないからこういう事ができるんだ」なんて、思ってしまう。
「…じゃあ、剣道場の周りで毎日見学している子達に日替わりで頼んだら?毎日違うテイストのお弁当が楽しめるよ」
口から出た言葉は、思いの外、棘を纏った。可愛くないと解っていても、こうやって自分から遠ざけておかなくちゃ、いつか自分が傷つくんじゃないかって怖い。結局、総司の事を好きと言いながら保身に走る私は、総司に真っ直ぐ気持ちを伝えられる子達の足元にも及ばない残念な女子。居た堪れなくてお弁当箱の中に座っていたプチトマトをお箸で取ろうとしたのに、ころころと逃げるように滑ってしまって、それすらも上手くいかない。
「良いの?名前は、それで」
「良いも何も、私が口を出す事じゃない」
ころころ、ころころ、これだからプラスチックのお箸は好きじゃないんだ。総司との会話もそこそこに、プチトマトを取ることに専念する。決して刺したりはしない。これを上手くつかめたら、何か今日は良い事があるはずだ。
「そう?」
「そう」
お弁当箱の端にプチトマトを追い詰め、掬うようにとる。再び落とさないよう慎重に口に運んで食めば、甘酸っぱさとトマト特有の青臭さが鼻に抜けた。


「ねえ、名前」
その後、黙々と食事をしていた私たち。お弁当を食べ終えて、片付けていると総司が口を開いた。
「なに?」
先程のことは、まだ心の中にある。だけど、それをいつまでも表に出せるほど、子供ではない。何もないように笑って返事をすると総司の顔が曇った。
「これあげるから、そんなに怖い顔しないでよ」
「してないよ」
差し出されたのは、ミルクプリン。いつも総司が食事の後に食べているものだ。確かに食後に甘いものは食べたいけれど、でも彼の楽しみを奪う程ではない。気持ちは嬉しいけれど、私は総司の笑った顔が好き。悪戯な笑顔だけじゃなく、少年のように屈託なく笑う顔が、好き。だから、差し出されたプリンをそのまま返す。「お腹いっぱいなの」と一言添えて。
「そう?」
「うん」
返されたプリンを手にとると、それなら、と総司はぴりぴりと音を立てながらプリンの蓋を開けて、小さなプラスチックスプーンで最初の一口を掬う。落とさないように慎重にそれを口に運べば、嬉しそうに笑った。思わず、此方の頬も上がってしまう。
片付けたお弁当を机の端に寄せ、壁時計を見ると、昼休みが終わるまであと20分程ある。残念ながら外でお昼を食べる友人たちはまだ戻って来ない。それなら、ここでもう少し総司と話していよう。
そう思って、総司の方を見るとぱちりと視線が合った。総司がそれに気付いた瞬間、ゆっくりと目が細められ、薄い唇が持ち上がった。
「名前」
「うん?」
最後の一口を楽しんだ後、ゴミを全てコンビニ袋に仕舞ってから、たっぷりと時間をかけて総司は次の言葉を紡ぐ。黙った時間が長い分、その先が気になってしまった私は、机に身体を乗り出すように次の言葉を待った。


「名前は気付いていないみたいだから言っておくけど、こんな風に毎日一緒にご飯食べたいのなんて、名前にだけに決まってるじゃない」


とんでもない、爆弾だ。


心臓がばくばく煩いのを聞きながら半分パニックになっている頭と、お湯に顔をつけるよりも熱くなっている顔とで、なんとか「そう」とだけ返事をして、私は慌てて席を立った。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -