チョコレイトディスコは踊らない
「おはよう鬼道!これ、受け取ってくれ!」
「…………」
鬼道と顔を合わせるなり溢れんばかりの笑顔で、源田は手にしていた包みを差し出した。プリズム仕様のラッピングが、朝日を受けてキラキラと輝いている。
鬼道はしばらく無言で包みと源田を交互に見遣っていたが、やがて
「なんだこれは……??」
と、怪訝な表情で源田に尋ねた。
「何って」
チョコレートだ!
ラッピングに負けないキラキラとした(ように見える)笑顔で源田は答えた。
源田の意図が全く理解できない鬼道が眉間の皺を深くしていると、
「ところで佐久間を見なかったか?あと不動と、それから辺見と……」
みんなに配っているんだ、と源田は鬼道に渡したものと同じような包みをあと2つ取り出した。
「……配ってどうするんだ」
「?別にどうもしないぞ??あ、お返しも気にしてないからな!単なる自己満足だから」
「…………なにかあるのか??」
ところでこれ凄いんだサッカーボール形のチョコレートなんだぞ!
包みの中身を説明し始めた源田を遮って鬼道が尋ねると、源田はきょとんとしながらこちらを見つめてきた。
「いや、たまにはこういうのを楽しんでみようかと思って」
「……………………」
鬼道が眉間の皺をますます深くしたところで、源田は廊下の隅に辺見を見つけ、彼にも包みを渡すべく、鬼道の元を後にした。
残された鬼道は不可解な贈り物を片手に、予鈴の音で我に返るまで、その場で呆然と立ち尽くしていたのだった。
それが一ヶ月前の話。
「そういえば鬼道クンさ、源田へのお返し、考えてんの??」
ベッドで寝転ぶ不動が雑誌からは目を離さずに声をかける。
すっかり眠ってしまったと思っていた鬼道は、背後から声がかかったことに驚いたが、それ以上に全く心当たりのない話をされて当惑した。
「お返し……??」
「そ、お返し。誰かさんが?俺というものが在るにも関わらず??バレンタインに貰ってきたチョコレートのお返し!」
不動は語尾を強めながら些か不機嫌な声を出す。あの日、源田から贈られた包みを不動は受け取らなかった。それなのに鬼道はしっかり受け取っていて、剰え「一緒に食うか」と自分に差し出してきたのだった。
(まあ美味かったけど)
サッカーボールの形をしたチョコレートとにこやかな源田の顔を思い浮かべて、不動は雑誌を閉じた。
鬼道はというと、しばらく頭の中で不動の科白を繰り返していたが、やがてすべてを把握して「ああ!」と声を上げた。
「あれはバレンタインのチョコレートだったのか!!!」
「え!??鬼道クン今さら気づいたの?遅くね!?」
不動は雑誌を放り出して一気に起き上がる。
「……そうか、あの日は14日だったか……何も考えずに受け取ってしまった……」
バレンタインなんて、そんなイベント、全く眼中になかった。
「俺には既にお前が居たからな」
不動を正面から見据え、鬼道は言う。
放り出した雑誌を引き寄せて「うるせぇよ」と不動は顔を隠した。
「それに今年は女子が誰も渡してこなかったからな」
毎年、2月14日は朝から女子のチョコレート攻めに会うのが通例だったが、あの日自分にチョコレートを渡して来たのはまさかの源田ただ一人だった。
だから気づかなかったのか、と鬼道は頷く。
鬼道の元に女子からのチョコレートが届かなかった原因が、あの手この手を使った不動の努力の成果だなんて。
(まあ、気づかれるわけねぇけど)
不動は納得する鬼道の様子を見ながら少しだけ満足そうに「ふーん」と相槌を打った。
「しかしお返しか……まいったな」
「その様子だと全く考えてねぇみてぇだな」
椅子を回転させ、再び自分に背を向けた鬼道に向かって、立ち上がった不動はにやにやしながら近づいていく。背後からのしかかってそのままドレッドに顔を埋めた。
「明日学校に行く前にどこかで買うべきか……いやしかしな……」
「いいんじゃねぇの別にもう気にしなくて」
先ほどとはうってかわって不動はご機嫌なようだ。そもそもはお前が振った話だろう、と鬼道は呆れた声を出す。
「じゃあ物の代わりになんか源田の喜びそうなことでもしてやれば?エロいこと以外なら許す」
「……そんなことを考えるのはお前だけだ――……そうだな、」
ついに鼻唄まで歌い出した不動を背後に、鬼道は少しの間思案して、
「源田は俺とお前の仲が良いと嬉しいらしいから、明日は可能な限り一日手を繋いでいようか」
お前と……と、振り返り不動の手を握った。
不意な申し出に早速顔を紅くした不動だったが、そのうちニヤリと笑ったかと思うと、「それよりもさぁ……」と自分たちしか居ない空間にも関わらず、鬼道の耳元に顔を近づけて、代案を囁いたのだった。
「源田に辞書を返しに行ったらいきなり鬼道と不動が目の前でキスしだして、一体俺はどうすれば良かったと思う??」
翌日正午、うちひしがれる辺見を前にしながら、佐久間は少しだけため息をつき、
「ご愁傷さま」
そう一言だけ返して、飴の詰まった包みを片手に、源田の元へと足を早めたのだった。
----------
今年2年振りにバレンタインにチョコを配ってホワイトデーにお返しをもらいました。(私事)
←