Man in the mirror | ナノ

※学校の怪談系パラレル 未完


Man in the mirror




8月下旬のある日。
夏休み明けの教室は、とある話題で持ちきりだった。

「鏡?」

登校した途端、吹雪に腕を引かれ教室の隅に連れて来られた鬼道は、その話題の最中に首をかしげた。

「あぁ。新校舎の3階の踊り場にでかいのがあるだろ。午前9時にその鏡の前で願い事をするとな……」
「わかった!どんな願いでも叶うんだろ!?」

何それスゲーワクワクするじゃん、と豪炎寺の話を円堂が遮った。
気をとりなおして豪炎寺が続ける。

「……その通り、どんな願いも叶うらしい」
「ほう。しかし午前9時とはまた……」
「微妙な時間だよね」
「授業始まる時間だよなぁ。なんだ、願い事しに行けないじゃん」

つまんねぇのー、とぼやく円堂に鬼道は、「じゃあ授業と被ってなかったら願い事しに行ったのか」と聞こうとしたが、豪炎寺が続きを話出したので止めた。

「ただし、願い事を叶えるには代償が必要なんだそうだ」
「代償?」
「そうだ。つまり……」
「生け贄が要るんだって!」

今度は吹雪が遮った。ため息をつく豪炎寺の隣で、鬼道は突然放たれた穏やかではない単語に思わず面食らう。

「生け贄??」
「そう!……で、この夏休みにさ、」


ヒロトくん、居なくなっちゃったじゃない?


彼の失踪はその鏡の生け贄にされたからだと、学年中の噂になっているらしい。
朝から教室が騒がしかった理由を鬼道はようやく把握した。

「馬鹿馬鹿しい……」

そんなことあるわけがないと、鬼道はその話を一蹴したが、隣のクラスの基山ヒロトの失踪は紛れもなく現実の話で、それだけは気掛かりだった。

「うん、ゴメン、不謹慎なのはわかってるんだけど……」
「ほんとどこ行っちまったんだろうな、ヒロトのやつ……緑川も元気ねぇしさぁ……」
「あの2人は仲が良かったからな」

4人は窓際の席に座る緑川に目をやる。
俯きがちなその顔は、いつもより酷く青白く見えた。

そのうち、担任の久遠が現れ、生徒たちは各々の席に着く。
久遠からの話には夏休みの課題の提出や、今日の予定のこともあったが、話の8割りはもちろん失踪した基山のことだった。
鬼道は鏡の話はすっかり忘れて、ずっと基山のことを考えていた。
同じサッカー部だった基山は、夏休みの前半までは確かに、今までとなんら変わらぬ様子だったのだが、お盆過ぎからピタリと練習に来なくなってしまった。
残った夏休みの間、部員全員で懸命に探したが、結局見つからないまま新学期を迎えることになってしまったのだった。

(ヒロト……)

お前は一体、何処で何をやっているんだ。

きっとここにいる誰もがそれを知りたがっているに違いない。
怪談だの生け贄だの騒いでいた者が事の深刻さを漸く実感するにつれ、夏休み明け最初の教室の雰囲気は、お世辞にも良いとは言えないものになっていった。

そんな重苦しい空気の中、そっと教室を抜け出す影に、鬼道たちは気づくことができなかった。




***


「ふーん、コレがねぇ……」

例の鏡を前にして不動はため息をついた。
鏡には不機嫌そうに腕を組んでいる不動の姿しか映っていない。

「……本当に叶うのかよ」

『午前9時に新校舎の3階の踊り場にある鏡の前で願い事をすると、どんな願いでも叶う』
教室で耳にした話には信憑性などまるでなかった。
それでも不動は、そんな噂話に頼らねばならないほど、あることに思い悩み、苦しんでいるのだった。
今の彼の願いはたったひとつだけ。


「鬼道クンが欲しい」


朝から体育の授業だろうか。遠くから笛の音や生徒の声が聞こえている。
しかし呟いた一言がまるでなかったかのように、不動と鏡の周囲は静まりかえっていた。
ただ、不動はその時少しだけ、目の前の自分がかすかに笑ったような気がした。




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文字通り8月下旬くらいに書きはじめたけど10月下旬現在続きが書ける目処がたたないので未完のまま掲載するハメになってしまった情けない話……!