Gameで済ませちゃたまらない
「王様だーれだ!?」
円堂の掛け声にあわせて、皆が一斉に自分の割り箸を確認する。
真っ先に声をあげたのは、先端を赤色に塗られたそれを手にした綱海だった。
「よっしゃあ!俺だぜ王様!!」
「綱海か!よぉーし、命令はなんだ!?」
「あんまり変なこと命令しないで欲しいっス……」
気合いを入れる円堂に続いて、壁山が弱気な声をあげる。
彼の頬には、ひとつ前に命令を下した木暮のおかげで、まるでネコのヒゲのような落書きが施してあった。
「王様ゲームやろうぜ!」という円堂の提案に乗っかって、イレブンがゲームを開始してから既に30分が経過している。
未だに一度も赤色の割り箸を引き当てたことのなかった綱海は、ここにきてようやく命令を下す権利を得たのであった。
綱海はにんまりと笑うと、特に考える素振りも見せずに言いはなった。
「じゃあ、4番が9番に愛の告白な!」
「い゛っ!!??」
途端に変な声をあげた土門は、たちまち皆の注目の的となった。彼が該当者なのは誰の目から見ても明らかだった。
「どっちだったの?」
「よ、4番なんだけどさ……」
「あ、じゃあ土門くんが告白するんだね!」
「ですよねー!?」
「ていうか告白なの??どうせならキスくらいさせればいいのにさぁ」
どうやら該当しなかったらしい木暮は煽るようなことを言い出す始末。
「勘弁してくれよー」と額に手をあてて土門は天を仰いだ。吹雪はニコニコしながら「がんばってね」と土門を励ましている。
「で、誰が9番なんだ?」
「俺は違います」
8番と書かれた割り箸を片手に、腕組みしながら鬼道が問う。隣に座る立向居は3番と書かれた割り箸を目の前につきだした。
その時だ。
「俺だよ」
その場にいた全員の視線が声の主に集中する。
視線の先には、自分の割り箸をくるくると回している一之瀬がいた。
「一之瀬……」
「えぇー!ダーリンに告白すんのはウチの専売特許やで!!」
「いや、これゲームじゃん……」
半ば本気で土門に突っ掛かっていきそうなリカを塔子が宥めた。
しかし塔子はこの時、土門と一之瀬の間になにか妙な緊張感が漂っているのを感じ取った。そしてそれはゲームに参加している一部の面子も同じで、豪炎寺と鬼道は2人からそれとなく目を逸らし、風丸は心なしか表情が強張っていて、吹雪はなんでもない顔をしていたが、心中穏やかではなかった。
ああ神様、どうしてよりにもよってこの2人を選んでしまったのですか!と。
「おーし!じゃあ土門が一之瀬に愛の告白な!!」
実際に彼らを選んだことになる綱海は、それはそれは楽しそうに2人に告げた。
「……え、っと、そのー……――」
「…………」
「おいおい、なんで照れてんだよ!?」
ゲームじゃねぇか、と綱海が笑う。
土門はひたすら苦笑いをしている。
そんな中、一之瀬は意を決したように顔を上げた。
「やっぱり嫌だよ」
「え?」
「俺は、こんな風に土門に好きだなんて言われたくない。そんなの嫌だ」
一之瀬はきっぱりと言い切ると、「悪い、ちょっと抜けるよ」と立ち上がって、キャラバンを出ていってしまった。
「い、一之瀬!!?」
すかさず土門が後を追い、大慌てでキャラバンを降りていく。
「――……こ、こんな風にって……」
じゃあ違う風ならよかったのかよ……。
綱海はぎこちない笑顔を皆に向ける。答える者は一人として居らず、残されたメンバーはしばらくの間、2人が去った方向を複雑な面持ちで見つめているしかなかった。
***
「一之瀬!」
土門は内心焦っていた。
多分今ので他のメンバーにあることないこと思われてしまっただろうとか、戻ってからどうフォローしようかとか、それも大変に頭痛の種になり得る心配事ではあったのだが、何よりも一之瀬に拒否されてしまったことが彼の胸に深く突き刺さっていた。
盛大に照れてはいたものの、告白の相手が一之瀬でよかったと土門はあの時心底思っていた。
自分が、たとえゲームであっても「好きだ」と言えば一之瀬は「土門ならいいよ!」と笑顔で受け止めてくれると完全に信じていたのだが――……当の一之瀬は気分を害して出ていってしまった。
実はここのところ、土門は一之瀬が自分のことを好きでいるんじゃないか――無論、恋愛的な意味で――と疑問を抱いており(吹雪あたりには「がんばってね」とまで言われてしまった)それに対して悪い気はしないどころか、土門自身もようやく自分の一之瀬への想いを自覚してきたところだったのだ。
それなのに。
「『嫌』、だもんなぁ……」
まるでこの世の終わりでも経験したかのような深いため息をついた。
自分の思い上がりだったのだろうか。目頭に熱さを覚え、土門はあわてて首をふる。
いやいや、今は一之瀬を探すことを考えよう。ちくしょうあいつ、みんなにちゃんとフォロー入れろよ後で!
土門は自分に喝を入れて、とりあえず気を取り直すことにした。
するとまるで見計らったかのようにちょうど一之瀬と鉢合わせることになった。
お互いに一瞬動きが止まる。
「土門……」
先に歩きだしたのは一之瀬だった。
ゆっくりとこちらへ向かってくる。
「一之瀬!!!お前なぁ……――!?」
いきなり飛び出してったらみんなビックリすんだろ!というセリフは、胸元に縋ってきた一之瀬に遮られてしまった。
突然のことに土門は硬直することしか出来ず、その間に一之瀬の腕は土門の背中に回っていた。
「い、いちのせ??」
「…………」
「お……おーい??」
「……俺は本気なんだ」
「へ?」
「俺は……!!」
本気で、土門が好きなんだ。
一之瀬はこちらを見上げた。その視線は真っ直ぐだが心なしか頬は赤く、彼の大きな瞳は、土門が今までに見たことがないくらいにゆらゆらと揺れていた。
「だからあんな場面で、土門に好きだなんて言われたくなかった……」
言い終わるころには、一之瀬は完全に土門の胸に顔を埋めてしまった。
(えっ……と??)
土門はどうしたらいいのかわからず、ただただボンヤリと、一之瀬の旋毛を見つめていた。
一之瀬は今、一体なんと言った?好きと言ったか、俺のことを。
自覚した途端に顔が熱くなる。嬉しさのあまりおかしくなってしまいそうだった。
だが、背中に回った一之瀬の手は少し震えていて、それがむしろ土門を冷静にした。
やはり一之瀬は自分のことを好きでいてくれた。
じゃあ、自分は?
今、自分がやらなきゃならないことなんて、たった1つしかないじゃないか。
土門は目を閉じると自分の目の前にある身体を、力一杯抱き締めた。
「一之瀬、好きだよ。お前が、本当に、大好きだよ」
――結局、彼らがキャラバンに戻ったのは、もうすっかりゲームが終わってしまった後だった。
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今度は土門もちゃんと言えました(笑)
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