Positive Girl's Thinking!
「ダァーーリー―――――ン!!」
青い空の下、澄みきった空気の中で、その声は誰のものより響いていた。
――……毎度毎度よく飽きないよなぁ。
塔子は練習の手を止めた。
長距離の運転に疲れているだろう古株さんを労り、キャラバンを停めたのが今から少し前のこと。
散策に出かける者や自主トレに励む者、イレブンは各々与えられた自由時間を存分に楽しんでいる。
塔子はDF陣で必殺技の練習をしていたが、どこからともなく聞こえてきた大声に、呆れてため息をついた。
「一之瀬さんもよく我慢してるよねー。俺、絶対無理」
「そんな言い方無いスよ木暮くん……」
「優しいんだよ、一之瀬さんは」
木暮と壁山も手を止めた。
「ていうかアイツら付き合ってんじゃねーの?」
仲間になって日の浅い綱海はつい最近まで、二人のことを本当のカップルだと思っていたらしい。「あれは一之瀬が付き合ってあげてるんだよ」と、木暮は指摘する。
木暮の指摘は尤もだと思う。だが塔子は、一之瀬はリカのことをそれなりには好きなのだろうと考えていた。
リカに腕をとられた一之瀬の笑顔からは、まさに「俺は今、困っています」という心情が窺えて、そんな2人を土門が笑いながら、からかっているようだ。
しかし塔子は、一之瀬がその状況を楽しんでいるような気がしてならなかった。
一之瀬とリカを見つめながら、塔子は改めて考える。
きっと一之瀬には他に好きな人がいるのだ。
(それが誰かはわかんないけど)
だからリカの想いには応えられないのだろうと。
それさえなければ多分――……
「……あれ?」
塔子の思考はそこまでで、綱海の声に遮られてしまった。
「なんか揉めてねぇかアイツら??」
綱海が目を細める。
リカたちのほうへ目を向けると、確かに何やらただならぬ雰囲気がこちらにまで伝わってくるようだった。
「一之瀬がはっきり言っちゃったんじゃないのー?」
「何を?」
「君のお嫁さんにはならない!とか」
木暮はシシシと笑っている。
なるほど、一理あるかもしれない。
しかし相手はあのリカだ。一之瀬に関しては、ちょっとやそっとで機嫌を損ねるような女の子ではない。塔子は今までも、リカとの婚約(無論完全に一方的ではある)を本人を前にハッキリと断って、そのたびに玉砕している一之瀬の姿を散々目にして来た。
しかも言い争いはどうやら一之瀬とリカではなく、一之瀬の幼馴染みである土門が渦中のようであった。
「ちょっと見てくる!」
言い終わる前に、塔子は駆け出していた。
***
「……――で、ダーリンはこう言うてんねんけど?」
ホンマなん?
リカはまさにご立腹と言わんばかりに、腕を組み足を肩幅に広げて土門を睨み上げていた。土門の顔は少々青褪めている。
そんな2人の間で、一之瀬は困り果てているかと思いきや、意外に冷静な顔をしていた。
どうやら予想以上に事態は深刻なようで、塔子は一瞬この場に出向いたことを後悔した。
「どうしたんだよ3人とも」
「塔子!」
3人の視線が一気に刺さり、塔子は些か怯んだが、気を取り直して続ける。
「一体なにがあったんだよ。向こうでみんな心配してるんだけど……」
「ちょっと聞いてんかー塔子ー!!!」
言うが早いかリカは塔子に駆け寄り、至近距離で大声を張った。
「わ、ちょ、聞くよ!ちゃんと聞くからそんな大声出さなくても……」
「あんな、ダーリンな!!」
土門と付き合うてるねんて!!
「――…………ん?」
塔子は耳を疑った。
今、この、目の前で眉をつり上げている女の子は、一体何と言ったのだろうか。
「え……っと、ちょっとごめん、え?誰と誰が何だって??」
「いや!だから、付き合ってるなんて言ってねぇって!!い、一之瀬が勝手に……」
「俺は本気で好きだよ、土門」
「て、ダーリン言うてるやん!どうなんや土門!?」
あくまで冷静な一之瀬と、容赦なく問い詰めてくるリカに対し、土門は「ていうかなんで俺怒られてんの!?」と嘆いている。あげくの果てに、
「確かに好きかもしんないけど付き合ってるわけじゃないんだって!!」
と少々ズレた弁解を始めてしまった。
その傍らで塔子は開いた口が塞がらないままでいた。
(そっか……一之瀬は土門が好きだったんだ)
そしてそのまま妙に納得してしまった。言われてみれば、この2人は普段からとても仲が良かった。
元々塔子自身、「性別は関係ない、好きなものは好き」という考えの持ち主であるので、同性であるということへの驚きはほとんどない。
ただ、一之瀬がそれをリカの前で言ってしまったことに少々驚いていた。
(リカは一之瀬が好きで、一之瀬は土門が好きで。……これでもし土門がリカのことを好きだったら凄いことになるよなぁいろんな意味で……)
修羅場は修羅場でもなんだか妙な修羅場に出くわしてしまったなぁと思いつつ、塔子はリカを宥めた。
「なんかよくわかんないけど……とりあえずちょっと落ち着きなよ、リカ」
「だって!!!……なんや他に好きな人居るんちゃうかなとは思っとったけどまさか土門やなんて……100歩譲って秋かなぁて思てたのに……」
はあああああという長いため息と共に、リカはその場にしゃがみこんでしまった。
一之瀬に好きな人がいると思ってたんだとか、秋ならよかったんだとかいろいろ思うところがあったが、塔子はそれを胸の奥に押し戻した。
「ごめんよ、リカ。でも俺、やっぱり土門が好きなんだ」
本当にごめん、と一之瀬は頭を下げる。潔い表情と声だった。
それにつられてリカも顔を上げる。てっきり沈みきっていると思ったリカの表情は、何故か生き生きとしており、寸前の落ち込みは何処へやら、いつもとなんら変わらぬ調子で、一之瀬の腕をとった。
「ダーリンがそこまで想てるんやったらしゃーないなぁ♪」
まぁそれでもウチがダーリン大好きなん変わらへんけど。
リカのそんな声が聞こえてくるようだった。
一之瀬は一瞬驚いて、それでも振り払おうとはしなかった。
「……ほんで?結局土門はダーリンのことどう思てんの??」
そのままリカは、語気を強めて再び土門へと詰め寄る。
「い、いや、だからさ……」
「あんたも男ならハッキリしぃや!」
そんなに怒鳴らなくても……と、塔子が助け船を出そうとした時、不意に一之瀬がリカの前に立った。
対峙した土門は少したじろいだ。
一之瀬はなにも言わないで真っ直ぐ土門を見つめている。
リカも一之瀬の後ろから、真っ直ぐ土門を見つめている。
塔子は3人の間で視線をさ迷わせていたが、最後には真っ直ぐ土門を見つめた。
この状況で、6つの瞳に見つめられ、平気で居られるハズがない。
「お、俺だって……一之瀬が、好きだよ」
耐えきれなくなったのか、ついに土門は聞こえるか聞こえないかの声でポツリと答えた。
そしてそのまま黙り込んでしまった。
「たちむかーい!次やるぞー!?」
遠くで綱海の声が聞こえる。続けて「お願いします!」と立向居の声もした。
土門がやっとの思いで自分の想いを伝えた。
それを受けて、この場の誰もが何か言葉を探しているようだ。
(そっか、この2人が両思いだったのか……)
依然として続く沈黙の中で、塔子がぼんやりと考え始めた時だった。
「よう言うた!!」
リカの大声に塔子は耳を疑った。
「……え??」
なんで俺褒められたの……?
塔子だけではなく一之瀬も土門も、信じられないというような顔で、リカを見ている。
ダーリン良かったなぁー!とリカは目をキラキラさせた。
一之瀬は口元こそ笑っているものの、今回初めて困惑の表情を浮かべている。
「ほなダーリン、こっからは土門とよろしくやってな〜!土門!ダーリンに優しくしたらなアカンで!!」
言うが早いかリカは塔子の腕を引いて、キャラバンの方へ歩き出す。
「え?ちょ……リカ!??」
辛うじて振り返った塔子の目に映ったのは、2人して口をポカンと開けている一之瀬と土門の姿だった。
***
塔子は前を行くリカの背中を眺めている。
塔子の腕を掴んだまま歩くリカは、やたらにごきげんだった。
「……なんでそんなにごきげんなのさ?」
普通凹むでしょ、と塔子は尋ねる。
リカは顔だけで振り返ると、嬉々として答えた。
「ダーリンの土門への想いは本物や!そんで、土門もダーリンのこと、ちゃんと好きやなんて、こんな安心なことないわ!!」
「はあ!?安心??なんで!?ていうかショックじゃないの!!??」
塔子は声をあげる。
さっきからリカの言うことがいちいち謎だった。
「わかってへんなぁー塔子は」
「え?」
リカはニヤリと笑う。
「そりゃまぁ、全然ショックやない言うたら嘘んなるけど……ええか?土門とダーリンが付き合ういうことはやで?ダーリンを他の『女』にとられてまう心配が当分は無いっちゅーことや!」
ウチはダーリンが一番好きな『女』になったるねん♪
頑張るでー!とリカは気合い充分、そのまま走り出す。
相変わらず腕を引かれて一緒に走りながら塔子は、多分誰もこの女の子には敵わないだろうな……と、なんとも言えない、しかしどこか清々しい気分で、リカの背中を見詰めていた。
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実は一ヶ月くらいずっと書いてましたこれ。難しくて。
土一も一リカも好きなんでうまく絡ませられんもんかなーと思ったんですが……無理だった。
ちなみにこのあとは、一之瀬とリカの態度は何も変わりませんが、土門は常に自分が一之瀬を好きでよかったのか考え続けて、塔子はまたいつか修羅場るんじゃないかと頭の隅のほうで心配している感じで。
……なんかいっつも土門が可哀想だな私の土一は。
次はただただ甘い話が書けたらいいかなと。
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