それはブルーな胸騒ぎ
最初にあの人を見たのがいつだったかはもう覚えていない。
きっと何かの大会だったと思う。
多分、俺は初めての試合で、緊張と興奮でかなりそわそわしていて、そんな時にふと目があった、ただそれだけだったけれど。
メガネにヘッドフォン、スカイブルーな髪の色。そしてアメジストみたいな綺麗な瞳。
一目見た時から、忘れたことなんか、一度たりともなかったんだ。
***
「俺は綱海条介ってんだ!よろしくなー!」
目の前の男はとびきりの笑顔で右手を差し出してきた。
「綱海……条介……?」
「そうですキャプテン、この人が俺が言ってた綱海さんです!」
「どーもどーも!うちの立向居がいつもお世話になってますー!」
「それは綱海さんの台詞じゃないんじゃ……」
「堅いこと言うなって!」
綱海と名乗った男は俺の手を握り、力一杯上下に振ってそのまま放さない。
立向居もいつも以上に、にこにこと笑っている。
しかし、俺の心中は穏やかではない。
……どういうことだ?綱海??
え、だって、「綱海」は、……え!?
「……なぁ、お前が、綱海、なのか」
「え?おぅ、そーだぜ?俺が綱海、綱海条介!」
桃色の頭を傾けて、真っ黒な瞳をキラキラ輝かせながら、真っ白い歯を見せて、「綱海」は言い切った。
同じように笑いながらも、俺の心中は更に穏やかではなくなっていった。背中を冷たい汗が流れているのがわかる。
違う、おかしい。おかしいんだ。
目の前にいる男は、俺の知ってる「綱海」じゃない!
「普段……眼鏡、かけてたり、しないか?」
「……は?」
「眼鏡だけじゃない!ヘッドフォンと、あと髪の毛!?青じゃなかったか!?なんか、こう、空の色みたいな感じの!!」
「と、戸田キャプテン??」
「だって立向居!!お前教えてくれたろ、大海原中の仲間が増えたって!変わった髪した!!」
「か、変わった髪型、とは言いましたけど……」
「あとメガネもしてるって!!」
「す、水中メガネって言いませんでしたっけ??」
「いやお前そこはせめてゴーグルにしといてくれよ」
水中メガネて……という綱海のツッコミも虚しく、必死に尋ねる俺を、立向居はポカンとした表情で見つめている。俺の頭は完全に混乱してしまって「目だって黒じゃなかったろ!!!??」なんて言って、更に二人を困惑させた。
けど仕方ないだろう!おかしいんだから!
俺はずっと、立向居の言う「綱海さん」はあの人に違いないと思っていたのに。
「き、キャプテン、それって……」
「……なんで勘違いしてんのかはわかんねーけど」
俺に何か言おうとした立向居を遮って、綱海は頭を掻きながら
「あんたが言ってんのは音村だよ、多分」
メガネとヘッドフォンっつったらあいつしかいねーし、と言った。
「お、と……むら??」
「そ、音村。音村楽也。うちのキャプテン」
「……綱海じゃなくて?」
「綱海じゃなくて」
「おとむら……」
「そう、音村!」
「――俺がどうかしたか?」
一瞬、俺の思考が停止した。
声のしたほうに目をやると、そこにはたくさんの荷物を抱えた、
そう、今まさに話題にしていた、
俺が、俺がずっとずっと会いたかったあの人、
音村楽也が、立っていたのだ。
***
「まさか音村さんもいらしてるなんて思いませんでした!」
「事前に知らせることができなくて申し訳ない。寸前になって綱海を一人で行かせるのが少し心配だって話になってね」
「なーにが心配だよ!そんな心配なんかされなくても大丈夫だっての!」
「そうは言うが綱海、俺がいなかったら今頃お前の荷物はどうなっていたと思うんだ?港に着くなり人の話も聞かずに飛び出すんだから……」
「だ、だってよぉ、立向居に早く会いたかったんだから」
仕方ねぇだろ!?と言って、綱海は隣に座る立向居を引き寄せた。
陽花戸中近くの喫茶店。立ち話もなんだということになって、俺たちはここまで移動してきていた。
立向居は見たこともないくらい真っ赤になって、音村は「公共の場だぞ?」などと言って、自分のグラスに手をのばした。
俺はというと、隣に音村が座っていることもあってすっかり緊張してしまい、会話に入ることが出来ず、さっきからひたすら烏龍茶をすすっている。
あの人……音村楽也は、どうやら同じ学年のようで、綱海よりも歳下だった。二人の様子を見る限り、てっきり綱海と同学年で、俺より歳上なのかと思っていたが、キャプテンの貫禄?なのだろうか。
横目にチラリと音村を見ると、次の瞬間に目があって、俺はそのまま硬直してしまった。音村はグラスを持った手を止めて、俺の目を見たまま少しだけ笑った。
(う、わ……!!)
面食らって思わず目を逸らしてしまった俺を、向かいに座る立向居が不思議そうに眺めている。
しばらく音村の視線を感じていたが、そのうち、彼は綱海のほうに向き直った。
「そういえば綱海、お前一体今日どこに泊まるつもりだ?」
「ん?立向居の家だけど??」
「えっ!!??俺、聞いてないですよ!!」
「あれ?言ってなかったっけ??」
「……そんなことだろうと思ったよ」
音村はため息をついて、グラスをコースターに戻した。
「まぁ……その、別にかまいませんけど……」
泊まってもらっても、と立向居はまた顔を赤くしている。
サンキュー立向居!!と綱海は誰が見ても上機嫌だった。
「それなら俺は、どこか泊まるところを探さないと」
「!!お、俺の家!2人くらいなら大丈夫ですよ!!」
「だってよ音村!立向居もこう言ってるぜ?」
「……お前達の時間を邪魔するほど野暮じゃないさ」
キャラバンから戻って以来、綱海は大海原で立向居の話しかしなかったようで、音村には二人のことがバレバレだったのだ。
綱海はそうだっけ?と惚け、立向居はますます赤くなってしまった。
「しかしほんとにどうすんだ音村?お前、金ある??」
「こういうことになるんじゃないかと思ってはいたからね、一泊分くらいなら持ってきてるよ」
「……中学生一人で泊めてくれますかね?」
「こいつしっかりしてるし、大丈夫じゃね??」
「なら、うちに来ればいい!!」
とっさに口からでたセリフに、音村はもちろん立向居と綱海も驚いたようにこちらを見た。
だが一番驚いたのは俺自身だった。
(な、何を言ってるんだ俺は……!?)
そんな、いきなり、今日会ったばかりの、しかも、よりにもよってこの人を、家に泊めるだなんて。
なんて大それたことを……と背筋を凍りつかせている俺を尻目に、話は進んでしまって
「おう、それいいな!音村、この際だ、お世話になっちまえ!」
「ありがとうございます、戸田キャプテン!!」
「……ほんとに、いいんですか?」
「!も、もちろん!」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
俺は、夢にまで見た、あの人と、音村楽也と。
一晩を過ごすことになってしまった。
長い夜になりそうだと思った。
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続きます。
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