夜のブランコ | ナノ


のブランコ




不動から『待ってる』と、一行だけのメールが届いたのは、夜中の2時をまわった頃だった。



「遅かったじゃん」


昼間は賑やかな公園も夜中はひっそりと静まりかえり、申し訳程度に設置されている外灯に照らされた遊具が無機質な光を放っている。
不動はそのうちのひとつ――ブランコに腰掛けて、俺を待っているのが常だった。

「来ねぇかと思った」
「貴様……」
「あ、もしかして寝てた?例のかわいい彼女と」

ニヤニヤと笑いながら、不動は立ちあがりこちらへ近づいてくる。

「うまくいってんの?」
「お前に教える義理はない」
「いってねぇんだ?」
「……誰かさんがこんな風に頻繁に呼び出してくれるおかげでな」
「頻繁ね……」

そのうちの半分も来てくれねぇのに。
不動がそう付け加えたのを俺は聞き逃さなかった。

「……で、一体何の用だ?」
「あ?」
「用があるから呼んだんだろう?」
「……お約束だよなー、鬼道クンは……」

いつもそれじゃん、と不動は今度はケラケラと笑う。

「無ぇよそんなもん」

不動のそれも、いつもと同じだった。
「ならば何故呼び出した」と尋ねれば「さぁな」と答え、「用も無いのに呼ぶな」と言えば何か言いたげに見つめ返される。これもいつものことだった。


本当は、全てわかっている。
互いに気づかないフリをしているだけだ。


近づいてきた不動は俺の左手をとり、そのままもう片方の手で俺の指を撫でる。
それを振り払うことなくずっと眺めていると、不動の手は薬指で止まる。

「……外してきてくれねぇのな」

自嘲気味に笑う不動は、そのまま俺の手を離した。



最初に好きだと言ってきたのは不動のほうだった。
恋人になってほしいという俺の頼みを拒否したのも不動だった。
そして内心うちひしがれる俺を余所に、奴が音信不通になったのは、中学の卒業間近のことだった。

そんな不動から夜中に呼び出されるようになったのは、17歳の誕生日を過ぎた辺りだった。




会いに来るなら指輪を外せと言ったのも不動だったが、実のところ、俺の左手の指輪は、もう既に装飾品以外の何物でもなかった。
高校に入学して出会った彼女とは、不動から連絡が来るようになってすぐに、別れてしまった。


しかし決して外したりはしない。

外してしまったらきっと、不動は二度と


(こいつは二度と、俺に連絡を寄越さない)


俺はずっと、「恋人がいるにも関わらず、かつて想いを寄せた相手を忘れられない滑稽で不誠実な男」を演じ続けていくのだ。

ただ純粋に、不動だけを想い、真夜中の公園へ足を運んでいること。

それを悟らせないために。





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元ネタは谷山●子の同タイトル曲。