僕に足りなかったもの | ナノ


に足りなかったもの





「好きだよ土門」

真っ白になった。
何がって、俺の頭が。

「だから俺の恋人になってよ!」

……なんてとんでもないことを、まるでいつもと変わらない調子で一之瀬は言い放ったが、俺はしばらくの間、一之瀬が何を言ったのかさっぱり理解できなかった。辛うじて頭の隅でああぁぁ周りに誰も居なくてよかった!と安心できたくらいで。
だって、そりゃあ一之瀬のことは好きだけど、好きだけど……。

一之瀬はさらに続ける。

「土門は俺が嫌い?嫌いじゃないなら付き合おうよ。別に今すぐキスだのセックスだのしようよって話じゃないし、俺が女役で構わないし、基本的には今のままでいいから……」

何!?なんだって!??キス??セッ……はぁ!!??

今のままでいいと一之瀬は言ったが、例の、あまりにも直接的な2つの単語を聞いた瞬間に、俺の頭は更に真っ白になってしまった。
そのあとも一之瀬は何か言っていたが、正直俺の頭には全く入ってこない。
当然俺がそんな申し出を受け入れられるはずもなく、咄嗟に口から出たのは

「嫌だよ」

という、今この場で一番最悪だと思われる断り文句だった。




***


「2人って、すごく仲良いんだね」

吹雪の声に、キャラバン内の視線が一点に集中する。
土門と一之瀬は自分たちのことだと気づいてお互いに顔を見合わせた。

「え?俺たち??」
「まぁ、そりゃ幼馴染だけど……なんで??」
「だってさ、」

2人とも、いつも一緒に寝るじゃない。

集中した視線は既に散っていたが、目の前の少年ただひとりの視線を受けて、土門と一之瀬は再び顔を見合わせた。




***


キャラバンの中で寝袋雑魚寝なんだから一緒も何もないだろうと言ったら、俺達はいつも隣同士で寝ていると、吹雪にそう指摘された。

「……そうだっけ?」
「無意識だったの?」
「まあ考えもしなかったっていうか……」
「あぁでも、そうかも」
「一之瀬?」
「そうだよだって、よく考えたらさ」

俺、毎晩寝るまで土門の顔見てる気がする。

一之瀬は笑って言った。
吹雪がニコニコしながら「らぶらぶだね」って茶化してきたから、俺は「なんだよそれ」って笑ったけれど、内心はとても恥ずかしくて、それ以上に何故か嬉しかった。




「……――しっかし吹雪もよく見てるのな……」
「ははっ、無意識だったよね」
「まぁ言われてみたら?俺もお前の顔見ながら寝てる気がするよ」
「ほんと?嬉しいよ土門!」
「なんでそこで嬉しがるんだよ」
「えー?」

一之瀬はクスクス笑う。
俺もつられて笑う。

「……おやすみ土門」
「ああ、おやすみ一之瀬」

一之瀬は最後にまたにっこり笑った。
一之瀬が瞼を閉じるのを見届けて、俺も目を閉じた。


こんな風に、自然に、いつまでも2人でいれたらいいよな俺たち。

こんな風に。




***


「い、いやだからさ、別にお前のこと嫌いだから嫌だって言ったわけじゃねぇんだよ、でもさすがに男同士でそういうのって、ちょっと……なんていうか、その、今のままでいいなら、それでいいじゃねぇか、何もわざわざ付き合わなくたってさぁ……」

咄嗟に口から出た台詞をなんとかなかったものにしようと、俺は必死で弁解した。
適当にまくし立てて、ようやく俺がなにも言えなくなった頃、それまで丸い目を更に真ん丸にしながら、黙って俺を見ていた一之瀬は、

「……そっか、残念だけど、土門が嫌なら、仕方ないね」

無理強いしたくないね!と、本当にまるでいつもと変わらない様子で、笑った。

「いや、だから別に……」

(嫌だってわけじゃないって言ってるじゃねぇか……)

もちろん実際にはそんなことを俺は口にしてなかったし、思わずとはいえはっきり「嫌だ」と言ってしまった以上、その先を続けることはできなかった。

嫌じゃないよ一之瀬。決してお前とそういうことするのが嫌だって思ったんじゃない。
ただちょっとビックリしただけなんだ。だっていきなりキスだのなんだのお前が言うから。今ままでどおりでいいじゃないか、今までどおりでも俺、お前のこと好きだよ。

一之瀬のこと、好きだよ。







……以来、一之瀬は特に変わらなかった。
いつもどおりにサッカーをして、みんなで一緒に宇宙人を倒して、俺が話しかければ普通に話をするし、今までみたいに俺に笑いかけてくれる。
寝るときだって、今までどおりに俺の隣で眠っている。

ただし、俺に背を向けて。

だから少なくとも第三者から見る限り、一之瀬は何も変わらなかった。

変わったのは俺だ。

俺は自分が思っていた以上に一之瀬が好きで、一之瀬の寝顔を見るのが大好きだったのだ。
それに気づいてしまった。
甘かったのだ。
人間そこまで簡単じゃない。
一度知ってしまったら、「今までどおり」なんて、無理だったんだ。

俺は毎晩目の前に寝そべる背中を見つめながら、一之瀬が俺に向けてくれていたであろう特別な好意が、あれ以来消滅してしまったのではないかと恐れている。
拒絶したのは自分だっていうのに。

気づいてしまって俺は本当に泣きたくなった。
だからといって、あの時一之瀬が言ったことを承諾できるほど、俺は強くなかった。

「友人」と「恋人」の間の一線。加えて男同士という大きすぎる壁。

それを飛び越える勇気が俺にはなかった。


だからこれでよかったんだ。

よかったんだよ、俺。


そうやって自分に言い聞かせてはみるものの、これから先もずっとこの背中を目にしながら毎晩過ごすのかと思って、
もしかしたらもう二度と、一之瀬の寝顔を見ることがないんじゃないかと思って、

俺は独りで、泣いた。






----------

多分この後、土門から告白し直します。