「おい(名前)、そろそろ帰るぞ」
「やだ。今ダブルアップ6連勝中なの」

ポーカーテーブルに張り付いて離れない幼馴染に声を掛ければ、こちらに一瞥もくれず冷たくあしらわれる。
カジノへ行きたいと駄々を捏ねる(名前)を見かねて、グレイグがジエーゴ殿の屋敷に挨拶をしに行く間だけならば良いと許可を出したのが間違いだった。稼いだ金を殆どコインに変え、ポーカーでダブルアップを繰り返しては引き際を知らずにコインを失う彼女を見て、負けず嫌いな性格が此処でも出ているのかと思わず溜息を吐いてしまう。

「うむむ〜〜ここで弱気になって真ん中の二枚を引いちゃうと負けるんだよなあ。やはりここは勇気を出して端を捲ってみるか……」
「さっさとしろ、でないとグレイグのやつに怒られる」
「んじゃホメロスだけ戻っててよ」
「お前一人を置いて戻れば尚更怒られる。あいつの性格を知っているだろう」

誰でも自由に入場できるソルティコのカジノは、浮浪者から貴族までありとあらゆる人間が足を運ぶ。(名前)を放置して屋敷に戻れば、裏稼業に繋がる人物に攫われでもしたらどうするのだとグレイグから叱られることはまず間違い無いだろう。だから自分が付き添いでやってきたのだが……こんな状態では寧ろ一度攫われてカジノに対するトラウマを植え付けたほうが本人の為になるのではないだろうか。

「えーホメロスはどれだと思う?」
「人の話を聞いているのか?」
「聞いてるよ!聞いてるけど今はポーカーのほうが大事でしょ、莫大なコインが懸かっているのよ」

どうやら(名前)には目の前にある万枚越えのコインしか見えていないようだ。彼女が場に伏せられた四枚のカードを穴が空くほど見つめ続けてから結構な時間が経っていたため、さすがに我慢できなくなり適当に一番右のカードを指差す。

「一番右だ」
「本当?」
「勘だが」
「……真面目にやってよ」
「どこをどう真面目にすれば良い、時間をかけても無意味だろう」

これは運だ、ギャンブルだ、一瞬でカードを決めてもじっと考え込んでも、勝率は変わらない。ならばサクッと決めてしまえとそう説得すれば、(名前)は渋々といったように口を尖らせながら一番右のカードを指差した。

「ホメロスの言う通りこれに決めた。……ハズレたらココナッツソースのパンケーキ奢ってよね、もちろんソルティアナコーヒーのセットで」
「勝ったら見返りはあるのか」
「その時は私がフルコースディナー奢ってあげる!」

そう言って勢い良く捲られたカードには「K」の文字……対して一番左にあったカードは「9」。つまりは7回目のダブルアップが成功したわけだ。コインはざっと128倍。嬉しさのあまり飛び上がり、抱き着いてきた(名前)をべりべりと引き剥がす。

「もう満足しただろう、今度こそ帰」
「ダブルアップ続けます!!」
「ふざけるな」
「なっ、ちょっとホメロス!離してってば!」

こちらに向き合う暇もなくテーブルについた(名前)の腕をぐいぐいと引っ張れば、露骨に不快な表情をされた。まったく、ダブルアップを続けたところで外してコインを失う可能性のほうが圧倒的に高いというのに。ポーカーテーブルにしがみつく彼女に、仕方無しにココナッツソースのパンケーキを奢ってやると言えば、名残惜しそうな顔をして漸く席を立った。これでやっとグレイグやジエーゴ殿に心配をかけずに帰ることができる。ホッとした反面、ダブルアップで勝ったのにも関わらずディナーを奢って貰えないどころか、逆に出費が増えた事に関しては異議を唱えたい。
Gambling
(博戯)

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