デルカコスタ地方の遠征帰り、綺麗な白い百合の花を見付けた。地面に根を張り凛と立つ姿が、彼のことを思い起こさせる。
視界の端にちらりと映しただけのそれが忘れられず、同じものがないかとデルカダールの花屋を覗いたけれど、あれほど見事に咲き誇ったものは置いていない。
元々デルカダールは水不足の土地柄だ。人が住めるよう切り開かれてはいるが、もとより植物に適した地の方が、伸び伸びと花を咲かせるのだろう。
遠征帰り、隊を組んでいたために、摘んで帰らなかったことが心残りで、非番の日を利用して採りに行こうと画策する。
私も戦えないわけではないし、度々隊の方達と同行して、デルカダール領を回っている。近頃は魔物との戦闘にも慣れてきた。

デルカコスタ地方にいる魔物は、兵士たちが成人を迎える際、倒す事が定められているドラキーと強さの程度はあまり変わらない。花を一輪採って帰るくらい造作もないと、そう高を括っていることに、自分自身気付いていなかった。

脛の辺りまで高く伸びた葉を掻き分けて進む。垂れ下がった蔓を払い、日頃通らない、地図上は最短と思われる道を歩いた。どれほどの年輪が刻まれているのか、私の両腕では半分も回らない、太い樹があちこちに生えている。
もうすぐ目的の場所だと、汗で張り付いた前髪を指先で避け、目線を上げた先でこちらを見下ろしている大きなひとつ目。サイクロプスだった。本でしか見たことのなかったそれに、さっと血の気が引いていく。
なんで、どうして、現実逃避したくなるほど、私の実力では敵わない相手だ。恐怖で思うように力が入らず、片手剣を両腕で構える始末。
両脚が震える。ただただその場で立ち尽くすしかできない私に、大木のような腕が振り上げられた。
巨体から繰り出される攻撃は風圧を伴い、降ってくる棍棒を避けるので精一杯。それは軽く掠めるだけで体力の三分の一を持っていく。
重い一撃を浴びた木は軋み、四方八方に伸びた枝を支えきれず折れた。サイクロプスが攻撃を奮うたび、周囲の景観は崩れ、足場が悪くなっていく。

無理矢理にでも脚を動かして逃げることしか出来ない私が、落ち葉で滑り、盛大に転んだ。身体を起こすも既に遅く、次の攻撃は避けられそうにない。
来たる衝撃を覚悟して、防御の構えで両目を瞑った。強烈な光と身体の奥まで響く重低音。
巻き起こった風が木の葉を散らせる。

「(名前)!」

聞き慣れた声で名前を呼ばれた。
自分の身体に痛みはなく、状況を掴めないまま目を開ける。
視界に捉えたのは魔物の巨大さを表すような、大きな足の裏。それを囲むデルカダール兵。
純白の鎧が彼らに指示を出し、こちらを振り返った。

「何故、単独で行動している?」
「ごめんなさ…っ」
「己の力量を過信するな馬鹿者!!」

烈火のごとく怒るホメロスに、ただただ謝罪の言葉しか出てこない。彼が怒るのは当然だ。
自分の欲のためにここまで来て、危うく命を落とすところだったのだから。
ホメロスは横たわり動かなくなったサイクロプスの傍。木の影になっていた場所に生えている白百合を一瞥して、私を見る。その瞳は小刻みに揺れていた。

「こんなものに命を掛ける価値はない」

吐き捨てると同時に差し出された手をとる。強く引かれ、立ち上がった足が自立するより先にその両腕に抱きすくめられた。

「ホメロス、いたいよ」

加減を知らない両腕に、圧迫された肺が悲鳴をあげる。
私の声が聞こえているのかいないのか、肩口に顔を埋めたままなにも言わない彼の姿に、胸がキュッと締め付けられた。
Fret
(焦燥)

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