海の色が反射して水色に映る空。太陽の周りに薄い虹の光環が幾重にも伸びて、潮の香りを乗せた風は悪戯な子供のように私の後方からひとつ吹いた。
浮き上がるスカートを慌てて押さえる私の周りをくるりと回り、風は空に吸い込まれる。
思わず見上げたそこから、陽の光を背に人影。

「え、」

空から人が降って来るなんて私の中の常識にはなくて、それが人だと気付いたのは目の前に積まれた木箱の上に、派手に沈んだ身体から手足が動いているのを見た後だった。

「痛ッてえ! 勢いつけ過ぎちまった!」

バキバキに割れた木箱の破片と、中に入っていた薬草やキメラのつばさなどが散乱した道具屋の路地裏。これから売られる筈のそれらの荷物がクッション代わりになったのか、飄々と身体を起こして目の前に対峙した男の子は、驚くことに無傷だった。

グランエスタードの城下町。私が昼間に外を出歩くのは珍しい。日中の眩しさは苦手で、だから襟足の跳ねた髪の煌めく陽の色とか、私に気付いて笑って見せた歯の白さとかがくらくらして、そこからすぐに目を逸らした。建物の陰の中にいるのに、眩しくて目眩がする。

「待ってくれ!」

「な、なに」

そんな人が通りすがりの私に何の用があるのかと思わず棘のある声が出てしまったけれど、男の子は少しも気にする素振りもなく、立てた人差し指を口元に添えて自分のことを誰にも言わないでくれと言った。

「誰にもって、誰に言うの?」

「今頃探し回ってるだろう兵士に……だけど、もしかしてオレを知らないのか?」

「あ、道具屋の主人に?」

「まあ後で弁償はする! が、今はそれも困る!」

ふーんとか、はーんとか、色々一人で唸ったり納得したりしながら、男の子は最後に「まあいいや」と思考の全てを投げ出した。

「オレはアンタのこと知ってるぜ! フィッシュベルの(名前)だろ? こんなところまでお使いなんてご苦労だな!」

私は初めて会ったのに、男の子が私のことを知っていたことに驚く。聞けば(勇者)の知り合いで、フィッシュベルにはよく行くんだと得意気に鼻を鳴らした。それにしたって、いつもいつも部屋の中で引きこもってばかりの私は家から出ることも少ないのに、と驚く。

「窓辺で良く本を読んでるだろ」

潮風に靡くカーテンで遮光しながら、私は本の中の物語に夢中でひとつも気が付かなかった。

「邪魔しちゃ悪いと思って声かけられなかったんだけど、話してみてーなって、ずっと思ってた」

彼がグランエスタードの王子だと知ったのはもう少し後の話。けど、破天荒な彼にとって本を読む行為が賢者のすることだと思っていたらしく、その時は毎日の冒険に役に立つかもと私を引き入れる口説き文句も、変に意識してしまったことを彼に話したことはない。それにまさか、自分が家どころか自分の生きる時代から飛び出してしまう日が来るなんて、この出会いから誰が想像しただろう。

行くあてのない、世界の果てまで吹き抜ける風のように、私の心は刹那の瞬間に掻っ攫われていった。

Whirlwind
(旋風)

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