風が吹き抜けていく。その風は何よりも穏やかで優しいもので、そっと髪を撫ぜていった。眩しいばかりの太陽は沈み、藍色の空が広がろうとしていた。山の上にあるこの村から眺める景色はとても綺麗で、見入ってしまう。山の下にある町の灯りが、鮮やかに彩られている。

「やっぱりライフコッドからの眺めは最高だなぁ」

のどかで、穏やかで、平和で。この村は夢の世界も現実の世界も変わらない。山の上で世情があまり伝わらないからなのか、まるで魔王なんていないかのような平和なこの村にいると、一時、その使命を忘れ去ってしまいそうだった。

「まあ、俺の故郷だからな。当然だろ!」
「(勇者)の故郷はレイドックでしょ?」
「それはまあそうなんだけど。レイドックは俺っていうより、『もう一人の俺』の故郷だからな。俺にとっては、ライフコッドが故郷なんだから、間違ってないよ」
「屁理屈だ」

長い間実態と精神に分かたれていた勇者(勇者)は、合体を果たしたあとも、結局のところ精神の(勇者)としての意識が強くなってしまった。本当の彼はレイドックの王子だけれど、確かに、あんまり王子なのだと意識したことはない。

「故郷が一つじゃなきゃいけないなんて決まりないんだからいいんだよ。俺の故郷はライフコッドとレイドック!」
「はいはい、もう、(勇者)は相変わらずなんだから」

屈託なくそう言う彼のことを、はたして誰が勇者だなんて思うだろうか。きっと、何も知らない世界の人々は、彼を見ても勇者だのなんだのと持て囃したりはしないだろう。ありふれた、素朴な村の少年。私の知る彼も、勇者でも王子でもなく、そんな言葉が一番相応しい。

ふと、再び風が吹いた。夜を告げるような肌寒い風だ。仄かな藍色は、すっかり地平線の遥か彼方まで染めて上げていった。ふっと息を吐くと、寒さからか息が白くなって漏れだす。

「ライフコッドの夜は冷え込むね」
「山の上だからな。天気もよく変わって大変なんだよ。その分、景色もいいし空気も美味いから、俺は好きだけどな」
「私もライフコッドが好きだよ。村の人はいい人ばかりだし、平和だし、気持ちいいし、それに――」
「それに?」

「(勇者)の好きな村だから」なんて言葉は言わずにしまい、「何でもない」、と続けた。何だか、それを言おうとしたら、唐突に恥ずかしくなってしまって。多分、私は無意識のうちに、彼を意識してしまっていたようで。

「何だよ、教えてくれたっていいだろ?」
「秘密」

これが恋なのかとか言われたら、まだよくは分からないのだけれど、でも、これだけは分かるのだ。彼の隣は居心地がいい、だから、出来ればこれからも隣にいたい、って。

「あっ! 見て! (勇者)、あれは何?」

そのとき、空の彼方で何かがキラッと輝いて、空を駆けていった。星の煌めきにもよく似ているけれど、星とは何だか違うような気もする。

「ああ、あれは流れ星だな。天気がいい日とかは、たまに見れたりするんだ」
「流れ星......じゃあ、あれも星なんだ」
「ああ! 長いことライフコッドに住んでたけど、滅多に見れないんだぜ。(名前)は運がいいよなぁ」
「そうなんだ」

二度、三度。何度も星が煌めいて、空を流れていく。それは残像を残して、少し流れたら消えていく。

「私、流れ星なんて初めて見た!」
「俺もこんなすごい流れ星は初めてだよ。多分、(名前)が一緒だからだな」
「本では読んだことあるの。でも見るのは初めてで、こんなにすごいなんて思わなかった。てっきり、ちょっと流れて終わりだって思ってた」

流れては消え、流れては消え、ライフコッドから見上げる空に、次々と星が流れていく。その美しさに、思わず見入ってしまっていた。こんな景色、きっと生きているうちに数回見れるくらいで、(勇者)の言う通り、運が良かったのかもしれない。じいっとその星々を見上げているだけで、時間が流れていく。夜もすっかり更けたのに、空で光る星たちが世界を照らして、これっぽっちも暗く感じなかった。

「知ってるか? 流れ星が流れてる間に願い事をすると叶うらしいぜ」
「(勇者)って、意外とロマンチストだよね」
「いいだろ別に」

そんなことをさりげなく言ってみせるのだから。恥ずかしさの一つも感じないのだろうか。聞いてるこっちが恥ずかしくなってしまう。

「まあ、そういうところも嫌いじゃないよ。ねえ、(勇者)はなんて願い事したの?」
「俺? 俺は勿論、(名前)と付き合えますように! って」
「ぷっ......あはははは!! なに、それ」
「何だよ、笑うなよ。俺は本気だってのに」

む、と彼は少し不機嫌そうに顔を歪ませた。多分、何も知らないで言っているに違いない。本人の前で言えるところも、それはそれで、彼らしい気もする。

「本で読んだよ。願い事って、口に出したら叶わなくなるらしいよ」
「はあ!? マジかよ! もっと早く言ってくれよ......言っちまっただろ!」
「あははははっ!! ふふふっ、大丈夫だよ。(勇者)の願い事はちゃんと叶うから」
「え? それって」
「もう言わない!」

だって、口に出したら、私の願い事が叶わなくなってしまいそうで。本当に叶えたい願い事だから、多分、強請られたって言わないのが正解だ。知らん振りをして、再び満天の星空を見上げる。流れゆく星が消える前に、心の中で呟いた。

貴方と、ずっと一緒にいられますように。

Shootingstar
(流れ星)

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