夜のサランの町は静かだ。まるで寝静まったかのよう。サントハイム城のすぐ近く。教会の礼拝堂。お祈りを済ませて扉を閉めると、どっとやるせなさがやって来る。今日だけで果たして、何人の人が死んでしまったのか。守れたはずなのに、守れなかった命。それを思うと、自身の無力さに、泣いてしまいそうだった。

「こんな遅くまで帰れないでいると、姫様も心配します」

「もちろん、私も」と、閉めたはずの扉が開いていた。振り返らずともその声が誰なのかはすぐ分かった。

「......クリフトさん」
「そろそろ城へ戻りませんか? 夜の町は冷え込みますから」
「......昨日も、たくさんの人が死んでしまったの」

魔物の討伐は騎士の仕事だ。性別も、剣の腕も、何も関係ない。戦える騎士は実力を問わず、誰だって戦場に出される、ただそれだけ。でも、一応あの部隊の指揮をしていたのは私だった。私の実力が足らなかったから、ああして死なせてしまった。責任の一端は、負わねばならない。

「私が未熟だったから......」
「だからこうして、神に祈っていたんですね」
「そうしたら、少しは亡くなった人たちが浮かばれると思って......」

ほんの慰めにしかならないことは分かっている。でも、行動せずにはいられなかった。こうしたら、彼らの無念が少しでも晴れるかもしれない。そんな風に思うと、その虚しさが少しばかり洗われる気がした。死んだのは人間ばかりではない。魔物や、その魔物の仔たちにも、この剣を握る限りは、それを振るわなければならないわけで。

「私、騎士なんて向いてないのかもしれません」
「そうですね。(名前)さんは優しい人ですから」
「クリフトさんにみたいに、私も回復の呪文が使えればよかった」

そうしたら、もしかしたら全ての命とは言わなくとも、手の届く範囲で助けられた命があったかもしれない。事実、自分でできる処置には限界がある。戦えたって、結果、こうして誰かの命が消えてしまっていると考えると、自分のしてきていることには果たして意味があるのかと、問いただしたくなる。

「――呪文は万能じゃありません。どんなに強力な回復呪文が使えても、助けられる命には限りがあります。神に仕える身の私が、こんなこと言うのは変かも知れませんが」
「......でも」
「私もたくさんの人を診てきて、助けられなかった命もたくさんありました。無力なのは、きっと私も同じです」
「そう、です......ね」

人の命には限りがある。生まれた以上は、いつか死んでしまうのが運命だ。それが早いか遅いか、ただそれだけ。無力なのはきっとみんな同じ。心の奥底では、本当は分かっているはずなのだ。でも、やっぱり、どうにもやるせなくて。

「多くの人が死んでしまったかもしれません。でも、私は、その中でも貴方が、(名前)さんが生きていてくれて、よかったと思ってます」
「多くの人を死なせてしまったのに?」
「だからこそ、です。だからこそ、貴方まで死んでしまわなくてよかった。(名前)さんには、皆さんの分まで、生きていてほしい」

「きっとそれを皆さんも望んでいるはずですよ」、と彼は言って、隣に並んで、同じようにお祈りをした。聖職者である彼がそうしているのを見るのは、この景色に最も相応しいのであろう。彼は暫く、召されていった戦士たちを偲び、目を閉じた。暫くした後に、ようやく立ち上がる。

「(名前)さんは、いつも前線で戦っています。私は貴方の無事を、こうして祈って待つことくらいしか出来ませんから。でも、それで(名前)さんが無事に帰ってきてくれるなら、私は毎日でも祈ります」
「なら、私が無事に帰って来れたのは、きっと、クリフトさんのお祈りのお陰ですね」

なら、私も、いつも私のためにお祈りをしてくれる彼のためにたくさん祈ろうと思う。感謝と、そして彼の幸せと、願わくば、これから先も、一緒にいられる未来を。
Pray
(祈り)

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