トロデーンを覆っていた茨の呪いは解けた。全ての諸悪の根源、暗黒神ラプソーン。奴を倒したことによって、ようやく、トロデーンは長い眠りから目を覚ましたのだ。馬に変えられたミーティア姫も、魔物に変えられたトロデ王も元に戻り、私たちの旅は、大団円を迎えたのだった。

そして、それから一ヶ月程経った。あんなに目まぐるしく回っていた日常も、今は穏やかさを取り戻し、ゆっくりと流れていた。平和だけれど、少し退屈。そんな日々。

「ねえ、本当によかったの?」

竜神族の里。この世界でも、辿り着けるものはごくわずかという、竜神族たちの住む村。世界を救ったトロデーンの近衛隊長こと(勇者)は、あのまま、トロデーンにいて良かったはずなのに、何故か近衛兵の仕事をやめ、私とともに、この里で穏やかに過ごしていた。ここは空気も美味しいし、何より、景色は綺麗だ。耳の尖った竜神族の人たちも、ずっといると慣れてしまうもので、いい人ばかりだ。

「何が?」

彼は、机に並べられた簡素な食事を美味しそうに頬張りながら、それをごくりと飲み込むと、食べ物を口に運んでいた手を止め、そう言ってじい、とこちらを見た。

「だって、折角チャゴス王子との結婚が破談になって、ミーティア姫と一緒にいられるようになったのに」
「好きな人と一生を共にしたいって思うのはダメかな?」
「だって、あんなにかっこよく結婚式ぶち壊して、ミーティア姫を誘拐していって、絶対ミーティア姫だって、(勇者)と結婚したがっ――んむっ!?」

その直後。その先の言葉は言わせまいと、何かが口を塞いだ。息の生暖かさと、匂いと、温もりと、感触が唇に触れた。彼が席を立ち上がった反動で、テーブルの上の食器が微かに揺れる。しかし、構わず彼はそのままそれを続けた。目の前に彼の瞳があって、目が合ってしまいそうで。息が苦しくなりそうになったところで、ようやく彼がその唇を離した。

「僕も男だから、例え旅の仲間でも、妬いたりくらいするよ?」

たとえそれがミーティアでも、と彼は続けた。何が起きたか訳が分からず、ただただ足りなくなった酸素を得ようと、息を吸う。

「僕が好きなのはこれからだって、たった一人、(名前)だけだよ」

彼は優しく微笑んでみせると、手を伸ばして、その手で私の頭を撫でた。笑顔がとても眩しい。真昼の陽射しに反射して、とても綺麗に見えた。

「だから、僕の、僕だけの、恋人になって下さい」

沈黙が辺りを包む。彼の綺麗な瞳は、答えを望むかのように、真剣な眼差しでこちらを見ている。一片の揺るぎもない。それは真っ直ぐなもので、その視線に惹かれない訳がないわけで。恥ずかしさあまり目をそっと逸らして、けれども小さく頷くと、彼は嬉しそうに笑って、今度は先ほどよりも長く、その唇に自身の唇を触れさせた。

Only
(ただ一人の)

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