竜の吐く闇の炎を受け、冷たい雪の上に蹲る。あまりにも重い攻撃に身体が痺れ、手の指一本も動かせなくなった私は死を覚悟して目を瞑ったのだ。……だが、私の身体に魔性の牙は降ってこなかった。驚いて顔を上げてみれば、そこにあったのは白銀の世界には似合わない漆黒の髪。上品な銀のバングルと吹雪に靡く青空のように澄んだ色のマントが、やけにその異色さを際立たせた。

その人の眼は驚くほど澄んでいた。自分のことを勇者なんて名乗っていたけれど、それも一瞬で信じてしまうほど彼は光に満ちていた。仲間であった賢者セニカに治療を施され、これでお別れだと名残惜しく思えば、彼のグローブが私の腕をぐいと掴んだ。

「(名前)、俺たちと一緒に来てくれないか」
「私が……?」
「お前の力が必要なんだ」

魔竜に襲われ、技の一つも出せずに地に伏せた私のどの力が必要なのか。このままでは彼らの足を引っ張ること間違い無しだと断るつもりでいたのに。
何故か私は伸ばされた手を取ってしまった。この人たちと……いや勇者ローシュと共に旅がしたいと、そう思ってしまった。彼にはセニカという恋人がいたが、それでも私は彼のそばに居たかった。特別でなくていい、ただ彼の役に立つことができれば。今思えば、そんな理由で邪神に挑むことを決めたなんて、よっぽどの重症であったに違いない。

**

「魔法なら、セニカとウラノスで飽和状態だったと思うの。ローシュは何で私を連れて行こうって思ったんだろう」
「直接聞いたら良かったんじゃないか」
「聞けなかったからネルセンに言ってるんでしょ」

私には魔法しか能が無いのに。それもセニカやウラノスほど高度な呪文も使えない。唯一自慢できることといえば、使える呪文の幅がほんの少し広いくらいだろうが。それでも二人に比べれば私は足手まといだ。

「じゃあ逆にお前は、自分が足手まといだと判っていたのにローシュについて行こうと思ったんだ」
「えっ!そ、それは」
「ん?まさかローシュに一目惚れしたとか」
「なっ……!大きな声で言わないでよ!」

まさに図星。慌てて大きな声を出して制せば、酒場の客がちらちらとこちらを見ていることに気づき、顔がカッと熱くなる。

「なるほどな、あいつは顔も性格も良い」
「う……」
「まあローシュのやつも、だいたいそれと同じ理由だったと思うが」
「私と同じ理由……?なわけないでしょ。ローシュにはセニカがいたし」
「それもそうだが、お前がローシュから何か感じ取るものがあったように、あいつも直感的にお前から何かを感じ取ったのだろう」

そうだとしたら何を感じ取ったのか。知る由も無い答えを逡巡するのも馬鹿らしいことなのだが、カウンターに頭を伏せてうーんと唸っていれば、頭をガシッと掴まれた。

「それともちゃんとした理由が欲しいのか?研究オタク」
「あいたっ!何で頭叩くの筋肉オタク」
「なあ、逆にローシュが頭の中であれこれ考えて理由付けてお前を仲間に誘っていたとしたら、なんだか気味が悪くならないか?」
「……それもそうかも」

彼の気まぐれで仲間になれたと思えば、それは下手な理由をつけられるよりも嬉しいことだ。

「まあ、そういうことだ」
「腑に落ちないけど、でも何だか元気出た。ありがとう」

ローシュが亡くなりセニカとウラノスが失踪してから、彼の話題は極力避けていたのだが。今日という別れの日に思い切ってネルセンに言って良かった。もやもやとした気持ちは相変わらず拭えないけど、それでも幾分か心は晴れた。

「私はそろそろ行くよ、ネルセンも故郷に帰るんでしょう?」
「ああ。お前はどこへ行く」
「ローシュと出逢ったところ。私もセニカと同じで諦めが悪いんだ」

例えるのならば地獄。空は厚い雲に覆われ、絶えなく吹雪が吹き荒れる。邪悪な龍に支配され、人も動物も死に絶えた氷の国。そこで私とローシュは出逢った。

「だがあそこは人が棲むには……」
「人も魔物も近寄らないあの地だからこそ!私は勇者ローシュの生き様を護り続けて、必ず後世に伝えてみせる。いつか再び世界が闇に覆われた時、現代の叡智がこのロトゼタシアを照らすことができるように……ね?」
「はっはっは!まったくお前らしいな」

そうして、いつか永久凍土の雪が融けた時に、ローシュがまた私を迎えに来てくれることを願っている。何十年、何百年と時が過ぎようとも、私は差し伸べられた手の温もりを決して忘れることはできないだろうから。
Niflheimr
(氷の国)

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